太陽のような君


琉璃はいつも同じ夢を見ている。
思い出すのは数年前の思い出。
この町に来たばかりの頃。

「…迷った…」
琉璃は迷路のようなこの町にまだ慣れていなかった。
散歩がてらにその辺を散策してみようと思ったのだが、迷ってしまってはそう思ったことが失敗だったように思えてきた。
ここが田舎ではないことと、それなりの店が立ち並んでいたので人ごみとまではいかないまでも、大勢の人たちが琉璃の前にいる。
普通だったらここで道を聞くなりなんなりするのだが、琉璃はそうするのが煩わしかった。
人にいろいろ詮索されるのも嫌だったし、何より自分が毛嫌いしている大人に頼るのが嫌だった。
琉璃は歳のわりにしっかりしていた。
それもこれも尊敬する母を亡くし、自棄酒をくらっている父のせいだ。
父のおかげで大人に無条件で尊敬の念を向けることなどないし、大人というだけで威張り散らす馬鹿どもに限っては軽蔑の視線を向けることもしばしば。
そう思っているのも自分が子供ということに甘えているからだということは自覚しつつも琉璃はそういった思想から離れられなかった。

「どうしたの?」
琉璃はどうしようかと考えていると後ろから声をかけられた。
さっきから声をかけてくるおじさんかおばさんかと思ったが、それにしては声が若すぎる。
後ろを振り返ると琉璃とあまり歳の変わらない男の子が一人。
どうやらさっき声をかけてきたのはこのこらしい。
(なんか呑気そう…)
最初に感じたことはそんなこと。
男の子はにっこりと幸せそうな笑顔で聞いてくる。
「道に迷ったの?僕この辺の人だからある程度の道なら分かるよ」
瑠璃は目の前でそう聞いてくる男の子が苦手だと思った。
絶対にそう聞いてくるのは正義感かいいかっこしたい奴かそれとも偽善者かと相場は決まってくるのに、目の前で天真爛漫に笑ってられると断わるのは少々心苦しい。
琉璃は正義感など人それぞれだと思ってるし、いいかっこしたい奴や偽善者などは勝手にやってろと思うタイプなので断わるときはきっぱり断わる。
なのに目の前で笑ってる奴を見ているとまるで断わることが悪のように思えて仕方がない。
(…まあ、たまにはいいか…)
琉璃はそう自分に言い聞かせて、頷いた。
そうすると男の子はさっきよりも笑顔になり、琉璃に握手を求めた。
「僕は晃。よろしく!」
「琉璃よ、香坂琉璃」
「じゃあ、どこに行きたいの!?」
「それは…」

二人はなぜか川原にいた。
一応晃は琉璃の住んでいる場所は知っているらしいのだが、琉璃が越してきたばかりだと知ると
「じゃあ、僕がこの辺を案内してあげるよ!!」
と琉璃を引っ張りまわした。
最初は人気のゲームセンターから始まり、ファーストフード店、公園、本屋、ファンシーショップ、洋服店に、釣りの穴場、他多数。
「楽しかったね!」
晃は夕焼けの中で綺麗に微笑んだ。
晃はとても明るいこらしく、子供らしいと琉璃は思った。
汚れている自分とは正反対で…。
晃はそんな琉璃の心情を知ってか知らずか夕焼けを見ながら話し始めた。
「僕ね、前に友達に言われたんだ。おまえを何かに例えたら太陽だって。いつも能天気で笑ってるからって」
琉璃はその比喩に少し感心した。
晃は確かに太陽のようなやつだと言うことが一日付き合っただけで分かるのだから。
明るくて、おそらく人に愛されるような奴なんだろうなと琉璃は思っていた。
かわいげのない自分とは違って愛されることになれている晃。
そんな晃だからこそこんなに綺麗に笑えるのだと琉璃は思った。
「よかったじゃない。太陽みたいだなんて褒め言葉よ」
琉璃はそういうと晃は少し寂しげに笑った。
「うん、そうかもしれないけどね…。僕、この表現好きじゃないんだ…」
「………」
「僕はどちらかといったら夜が好きなんだ。太陽だったらその夜を知らないだろう?だからあまり好きじゃない」
そういう晃を見ながら琉璃は呟く。
「やっぱり正反対だ…」
琉璃はそういうと晃は不思議そうな顔をして無邪気に聞く。「どうして?」と。
琉璃は少し自嘲気味に笑った。
「だって私は夜が嫌いだから。夜は私にとって別れのときだからよ」
そう、琉璃の母が死んだのも、父が酒におぼれるようになったと確信したときも全て夜。
夜の闇は孤独を浮き彫りにした。
誰もそばにいないということを強調させた。
「夜など来ないほうがいいと思うときがあるわ。そうすれば別れも悲しみも孤独も全てがなくなるもの…」
そういう琉璃に晃は初めて自分の顔から笑顔を消した。
そして変わりに浮かんできたのは悲しそうな顔。
「そんなことないよ。君が寂しいのは夜が孤独を強調させるんじゃなくて、夜が君のお母さんやお父さんを思い出させるから。夜は君にとって思い出なんだよ。君は愛されているんだよ。孤独なんかじゃないんだ。夜は確かに寂しさを感じさせるけど、それは多分一番安心する場所を思い出させるからだよ。別れのときなんかじゃない」
「…どうしてそんなこと言い切れるのよ…」
琉璃は呆れたような顔をして聞く。
晃は少し困ったような顔をした。
「多分…僕が太陽で君が夜だからだよ。だから君には夜の悪いところしか見えてないんだ。そばにいるとどうしてもいいところより悪いところが見えてきてしまうから」
「夜…ね…。案外ロマンチストなんだ」
「うん、だから僕は君に憧れるんだ」
「憧れてるね…。でも私はあなたが羨ましいわ。闇は皆に嫌われるけど、輝きは皆から好かれるものよ…」
「闇がなきゃ光は存在しないよ。光は闇があるから輝くんだ。闇は闇として存在するけれど、光は闇がそばにいなければいけないんだ。そこに存在するために…。だから影があるんだよ」
「…それ、誰から聞いたの?」
琉璃が聞くと晃はあの微笑をあらわにする。
「気づいたんだ」
「ええ。それは母の言葉よ」
そう、昔夜が怖くて泣きついたときに母はそういっていた。
太陽が未来なら夜は思い出なのと。
思い出は思い出として成り立つけど未来は過去がなければ生まれない。
だから光には闇が必要なのよと。
いつまでも夢みたいな事を言っている母だった。
だけれど、そんな母が琉璃は好きだった。そして父も…。
「どうりでお母さんのこと知ってるわけだ…」
そう、晃は知っていた。だからこそ「夜はお父さんとお母さんを思い出させるから」など言えるのだ。
「…また会える?」
「おや?君は僕が何者か分からないのにそう聞くのかい?」
晃がそういうと琉璃はクスリと笑った。
「だって人間じゃないんでしょ?あなたは最初に会ったときより背が高くなっているもの。それも口調が大人びているしね」
「…それは君も同じだろ?香坂琉璃ちゃん。人間と星の巫女の間に生まれた子…。多分君のお母さんはお父さんを闇に例えてたんだね。自分は光だったから」
「でもお父さんは堕落してしまった。最愛の人を亡くして…。私はお父さんが嫌いだけど、お母さんに向ける情熱だけは尊敬してるから」
「君はなぜ人間として暮らさない?お母さんもそれを望んでいたはずだし、その気になれば人間と同じように歳を重ねることの出来たはずだ。それなのにどうして時を止めて子供のままでいる?」
「お父さんと暮らすため。お母さんが死んでからもう三十年が経つけどお父さんの中ではまだ私は10歳のままなの。時を止めなければお父さんは一人になるから」
「でもそのせいで君は孤独だと自分で感じるようになった」
「私はまだ大人になりたくないの。大人っていうものに絶望したからというのもあるけど子供って立場で甘えたいのかもしれない。子供の姿のときは子供の思考で成長は止まるわ」
「そう…、あ、あそこが君のアパートだ」
「ありがとう、道案内。それじゃあ、またね」
そうして晃はいなくなった。

琉璃はいつもここで目が覚める。
そして目を開ければ年老いた父。
琉璃はまだ十歳のままだ。
あれから晃にはあっていない。
多分晃は自分のいるべき場所へ帰ったのだろう。
琉璃にはそれがどこかは分からないが…。
最後に見せたのは哀しそうな笑顔。
もしかしたら最後の答えが晃を落胆させたのかもしれない。
晃はたぶん光の子供なのだろう。
だからあんなに輝かしい。
もしかしたら太陽の子供なのかもしれない。
だから太陽と比喩されるのを嫌がるのか…。
琉璃が父と同じ時間を歩まないように。もしかしたら夜に何か特別な思い入れでもあるのかもしれない。
「また、会えるよね…」
琉璃はそう思いながら一日を過ごす。
道でばったり会う男の子がいつ来ても心の準備が出来ているように。
まるで陽だまりのようで、日差しのような輝ける男の子に。



あとがき
いったいこれはなんじゃこりゃ〜!!な作品に仕上がってしまいました。長すぎていろんなエピソードを切っていたらこんなに短くなってしまった…。それもつなぎ方がぎこちないし…。これをキリリクにしていいのかなと思いながらも「輝き」をリクエストされました真神 龍さんに捧げます!!もしよかったらまたキリ番狙ってチャンスをください〜!!(我侭な願い)では〜!!(逃走!)
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