moon right

いつの間にか空は夜になっていた。
「ここら辺で野宿かな?」
少年はそういってあたりを見渡す。

少年の名は沢渡 港。
こうして旅をするようになってまだ半年。
もう長くない。
そう言われたのはいつだったろう。
昔から病弱だったことは覚えている。
しかし、病気じゃないときは皆と張り合えるような体力はあったからそんなに深く考えることはなかった。
それが不治の病に侵されていると分かったのはちょうど二年前だったろうか。
そして親と対立した。
親はこの旅に反対だった。
港が若いからでもあるし、無理をすると死期を早める恐れもあったから。
しかし港はどうせ死ぬのならやりたいことをやって死にたいと言い張った。
もしかしたらその先に生き延びる手段が開発されたかもしれない。
しかし死ぬまで病院にいるなんてまっぴらだった。
そしてしぶしぶ了承されたのはちょうど半年。
旅に出る直前だった。
「いいか、やるのなら後悔しない程度にはやってこい。」
最後に言われた父の言葉。
最後まで反対され続けていたので、この一言は嬉しかった。
そして港はもう戻れないかもしれない我が家に向かって一礼して歩き出した後、一度も振り向かなかった。

その後は、苦労が続きながらも新鮮な驚きの連続だった。
旅をしてから人の親切が身にしみるようにうれしく感じた。
たまにお金が足りなくなってバイトすることもあった。
発作を起こすことも何度かあったが何とか今は落ち着いている。
なるべく体のことを考えていままで野宿だけは避けていた
だが、ここら辺には民家も何もなかった。
仕方なくせめて少しでも寝心地がいいところはと捜し歩いた。
「冬じゃなくてよかったと思うべきかな?」
暑苦しいのもどうかと思ったが寒いよりはましだと笑った。
初夏といっていいくらいの暑さ。
まだまだ夏は始まったばかりで、昼よりはましだけど夜になっても汗ばむのはちょっといやだった。
港は名前に似合わず、夏より冬のほうが好きだった。
冬のほうが星は綺麗に見えると誰かから聞いたが、港はなによりも冬の月が好きだった。
(そういえば今日は満月だったな。)
そう思って港は無意識のうちに月を探す。
(・・・あれ?)
今日の月は何か変だ
妙に明るい月。
太陽までとはいかなくとも明るすぎる。
(なんなんだ?いったい・・)
よくよくその月を見ると黒い点のようなものが浮かんでいるように見えた。
それはだんだん大きくなってきているような気がする。
港はそれをよく見ようと目を細めたが逆光で影しか見えない。
ただ分かるのは何かがこっちに向かってきているということ。
それが大きくなるにつれてその輪郭がはっきりしてきた。
(・・・俺、疲れてんのかな?)
港にはそれが人型のように見えた。
そしてついに港はそれが夢だと思い込むことにした。
だって変な格好をして女が自分の目の前に落ちてきたのだから。
「・・・おまえ、この星のものか?」
女の口ぶりではまるでその女が宇宙人みたいだと思った。
「・・・おまえ、それ仮装大会か?」
初対面で失礼かと思ったが、なんとなく聞いてみた。
女はクスリと笑って、
「いや、これは月では正装だ。」
私から見ればおまえのほうが仮装大会だといった。
(これは夢だな。うん!夢だ!だいたいこいつの言っていることが本当だったら月から来た奴ってことになるじゃないか。)
夢だと思ってしまえばもう簡単。
とりあえず港は頬をつねるのを止めといた。
なんとなくいやな予感がするから。
女はそんな港を無視して何かを探し出した。
這い蹲ったりしているから小さなものらしい。
いままで女の態度が大きかっただけにそんな姿は似合わないと思った。
彼女は上から見下ろすほうが似合っていると思う。
いい意味でも悪い意味でも。
「なにを探しているんだ?」
聞いたら探すのを助けないといけないと思いながらも好奇心に負けて聞いてみた。
すると女は顔を上げて港の顔を一瞥したがすぐに地面に顔を戻した。
無視されたのかと港は不快に思ったがその後に返答が返ってきた。
「月のかけらという宝石だ。代々月の宮様が家宝として伝わるものだ。しかし最近月からここに落としてしまってな。この星のほうが重力はあるから良くここに落としてしまうんだ。」
なるほど・・・。
って事はこいつは月の宮って奴の家臣かなんかか。
そう思うと面白い。
港はなんとなくそこら辺を探し始めた。
「・・・おまえ、何か病気をしているのか?」
そう女が聞いた。
みなとはいきなりなんだと思ったが女の前に一粒しまい忘れた薬があるのを見て納得した。
月の世界にも薬はあるのだなと。
「ああ、そうだ。」
港はそれだけ答えただけなのだが女は
「なるほど・・・。不治の病というものか。しかも病因は不明・・・。それじゃあどうしようもないな。」
と言ってのけた。
港はそれにはさすがに驚き、夢だということを忘れて聞き返した。
「な、何で分かるんだ!!何も言っていないぞ!!」
「月のものを甘く見るな。少しの思念が読めればこれくらいのこと当たり前だ。最も心の奥底のものは分からないがな。」
「へ〜、じゃ表面的な事だけか。」
「・・・まあな。」
港と女の間には少しの沈黙が流れる。
そしてその沈黙を破ったのは港のほうだった。
「・・・おまえ達は死という観念があるか?」
女はびっくりしたような顔を下がすぐにまじめな顔に戻った。
「ああ、われわれはだいたいここの星の人間と同じくらいの寿命しかないからな。」
「・・・そうか・・・。」
二人はいつの間にか手を止めていた。
しかし顔は上げない。
「お前でも死ぬのは怖いか?」
港が少しいいづらそうに聞くと女はさらっと答えた。
「別に・・・。誰にでも来る終わりのときだ。誰にでも来るのなら怖がるわけないだろう。・・・おまえは怖いのか?」
「ああ、俺は怖いよ。すべてが一瞬で終わる瞬間だからな。」
はっきりとそういう港は女は不審そうな顔をしながら見ていた。
「それならばおとなしく病院にいればいいのだ。なぜ死が怖いのならその命、縮めようとする。」
港は顔を上げ空を見上げた。
「俺が死を怖がるのはすべてが終わるから。つまり何も出来なくなるんだ。病院にいてもそうだろ?悪けりゃ一生病院生活。そんなの何もしないに等しいじゃないか。だから俺はそこから抜け出したかった。自分のやりたいことをやってから死にたかったんだ。多分俺がそう決められたのはさ、きっともうすぐ死ぬと思ったからだ。だから決心がついた。そうならなければきっと夢で終わったんだろうな。それに俺は長く生きることより俺の人生は最高だと胸を張っていられるような生き方をしたかったんだ。」
「そうか・・・。」
女はそういって空を見上げた。
そして暫く港たちは子供のように座り込んで空を見上げていた。
そして港は月の光が一点に集まっていることに気がついた。
「おい・・・あれ・・・。」
女にそのことを伝えると女はすぐさまにたちあがりその場所へと急いだ。
港もあわててそれに続いた。
考えてみればついてくことはなかったのだが、女がそこでなにをするのか知りたかった。
着いた場所は岬。
もうすぐ太陽が昇るのだろう。
うっすらとだがオレンジ色の光が見えた。
しかし女はそれどころではないらしい。
いつの間にか地面に顔がつくのではないかというくらい近づけていた。
そして

「みつけた!!!!」

今まで静かな声でしか話さない女がまるでそこら辺にいる少女のような瞳でそれを掲げた。
それは薄いブルーの色をした宝石。
まるで雨にぬれたように水が滴り落ちていた。
「それが月のかけらか?」
「ああ!」
好奇心丸出しの港と嬉しそうな顔をする女に見つめられているブルーストーン。
「しかし太陽が昇るところで落とすなんてな。」
と港が笑うと女は
「馬鹿をいえ。太陽が昇る場所は月が生まれる場所だ。」
と笑って答えた。
そして二人は暫く笑い続けた。
そして不意に女は太陽が昇る方向を見て
「悪いがもう帰らねばならぬ。月が消えてしまう前に。月の光が届かなくなる前に。」
と言った。
「ああ、分かった。元気でな。」
俺がそういうと女は笑った。
「おまえもな・・・。」
そういって立ち去ろうとした女は何か思い出したように俺のほうを振り向き
「これをやる。」
と言って何かを投げ渡した。
思わずそれを受け取るとそこには美しい「月のかけら」に色が似た小さな宝石。
「それはおまえの願いをひとつだけ叶える「月のかけら」から出来た「月のしずく」。手伝ってくれた礼だ!!それで不治の病でも何でも治して好きなように生きるなりなんだりするがよい!」
しかしおまえはそれをしないだろうがな。
と女と呟いたのは港には聞こえなかった。
急に眠気が襲ってきたからだ。
(そういや徹夜したんだな)
そう思ったのが最後で港は本能に従うまま目を閉じた。

「う・・うん・・・?」
港が目を覚ましたのは昼過ぎ。
昨晩用意した寝袋に包まれていた。
「・・・夢か・・・」
と寝ぼけた顔で寂しそうに呟いた。
そして自分のいったことに気づいてはっとする。
(なに考えてんだ。あれが夢じゃなかったらなんなんだ・・・。)
そしてとりあえず寝袋からでようと起き上がる。
そのとき何かが目に入った。
それはあの女にもらった月のしずく。
月のものが持つ宝石。
(これがあるって事は夢じゃなかったんだ・・・)
そして女が言った言葉を思い出す。
(俺の願い・・・)
確かにこの病に侵された体を直すことは嬉しい。
しかし一番の願いではない。
一番の願いは・・・。
(あいつの言ったことが本当のことなのなら・・・。)
「父さんと母さんが幸せであるように・・・」
最後まで心配してくれた母。
最後に許してくれた父。
俺を愛してくれた両親。
こんな自分勝手な息子を。 勝手に死ぬかもしれないのに旅にでてしまう子を。
死ぬのを見取らせてくれない親不孝者を。
目をそむけずに見守ってくれた人の幸せ。
それが港の願い。
自分は明日死ぬかもしれない。
だからこそ一日一日が大切で、こんな病に侵されていなければそんなことを思うことなどなかっただろう。
だからこそ人の愛が身にしみるのだろう。
それならこのままでもいいじゃないかと思えてくる。
相変わらず死は怖い。
けれど俺はいま死んでも後悔はしないだろう。
やりたいことをやっているんだから。
ただ願うのは

自分の死で両親が哀しみをひきずらないように

あの優しい人たちが立ち直ってくれるように。

「やっぱ名前、きいとけばよかったかな?」
女の名前を知らないことを港は思い出した。
おそらくあっちは知っているのだろうが。
まあ、いい。
また会えるかもしれない。
だってまだ俺は生きているんだから。
そしたらまず礼を言おう。
そして自己紹介をしようじゃないか。
まずはそれから・・・。

あとがき
神秘的な月のファンタジ〜。
これはリクにかなっているのでしょうか。
ちょっと作風を変えてみました。現代ファンタジー。
これを1500HITされた夏位さんに捧げます。
どうぞよかったらお持ち帰りください。
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