勿忘草

すらりと長い、緑の髪を持つ妖精、セラ。
セラはまだ妖精に成りたての森の守護者だった。
ある男を見守るためにセラは森の妖精となったのだ。

その男の名はジェス=クローク。
ジェスはその森の近くに住む、鍛冶屋の息子だった。
父親はその町一番の鍛冶屋と言われていて、ジェスはそれ以上になるのではないかと噂されるほどであった。
しかし最近ジェスはスランプというものを経験していた。
その原因は恋人の突然の死。
ジェスはそれからというもの、何にも無気力で、刀を作るにも今までのような切れ味は出なくなった。
それを心配した親は、その森に一人にさせるための小屋をジェスに買い与えた。
そこにセラは現れたのだ。

とんとん
ドアを叩く音が聞こえた。
面倒だと思いながらもドアを開けた瞬間、ジェスは凍りついたように微動だにしなくなった。
そしてつい呟いた言葉は
「セイラ・・・。」
セイラはジェスの死んでしまった恋人の名。
そのセイラにセラはびっくりするほどそっくりだった。
しかし、セラは首を振り否定した。
「私はセラ。森の守護者。あなたはどうしてここにいるの?」
その冷たさを含んだ声を聞いて、ジェスはこれは恋人ではないと感じた。
(セイラはこんな声は出さなかった。いつも穏やかだった。なのに・・・、何でこんなに似ているんだ?)
ジェスは混乱したまま、
「おれは・・・、ここで・・・。」
と答えようとして、はっと我に返った。
(俺はこんな見ず知らずの女の子になにを話すつもりなんだ・・・?)
どんなにセイラに似ていてもセイラのわけないのに・・・。
セイラはもうこの世にはいない・・・。
「ねえ、どうして?」
セラが答えを促すと、ジェスはその言葉にかっとなった。
「おまえになんて関係ないだろ!!」
その言葉を言った瞬間、ジェスは後悔した。
(ちょっとこれは言いすぎだったかな?)
しかしセラはそれに気にせず、また言葉を続けた。
「誰かを待っているの?」
その言葉にジェスはドキッとした。
その言葉が自分がここにいる理由に一番あっているような気がしたからだ。
(そう、もしかしたら俺は・・・セイラをここで待っているのかもしれない・・・。)
セイラの一番好きだったこの場所で・・・。
一番思い出のあるこの場所で・・・。
(俺はまだセイラの死を受け止めていなかったか?)
少なくとも頭ではわかっていたはずなのに・・・。
それでも心の奥では受け止められなかった。
まだ、どこかにセイラが生きているような気がして。
セイラがいつか自分のところに戻ってきて、自分の名前を呼ぶ気がして。
そこでジェスは自嘲気味に笑った。
いつまでも恋人を忘れられない自分が滑稽に見えた。
それをセラは静かに眺めていた。

そのあと、ジェスはセラに何度か出会った。
そのたび、セラはジェスを観察していた。
そのたび、ジェスはセイラのことを思い出していた。
そしていつしか、ジェスがセイラを思い出すのが苦痛となり、その森に寄り付かなくなった。
しかし、それでもセラはその森にいた。
その表情はひどく哀しげで、森の木々たちの枝を揺らす音はまるでそんなセラを慰めているようだった。

(あなたはこんなにもセイラのことを愛していた。)
(だけど、あなたは自分を守るためにセイラを忘れようとした。)
(あなたはいったいどのくらいの間、セイラを愛し続けるの?)


数年後。
ジェスはやっと恋人の死の悲しみから逃れた。
前のように切れ味のある刀を打てるようになった。
そして結婚をし、幸せになったという。
それを聞いてセラは泣いた。
妹の為に。
セラの人間だった頃の妹の為に。


ジェス・・・あなたはもうセイラのことを忘れてしまったの?
あなたはセイラを愛した。
セイラもあなたを愛した。
私はそれだけで幸せだったのに・・・。
それだけで幸福だったのに・・・。
たとえ、自分の恋に破れても、あなた達の笑顔を見ているだけでうれしかった。
あの家族で行った旅行の帰り、私達が事故にさえあわなければ・・・、死んだりしなければあなたはセイラを愛してあげられたの?
愛し続けることが出来たの?
お願い、忘れないで。
思い出の中でもいい。
ずっと愛せなんていわない。
他の人を愛するなとは言わない。
ただ、忘れないで。
あなたが愛した妹、セイラのことを。
それが、あなたに想いが届かなかった私の最後の願い。
だからこそ私はセイラの姿であなたの前に現れた。
その胸に刻んでほしかったから。
あなたと同じように私が愛したセイラの名を・・・。
神よ、彼に忘れさせないでください。
妹と彼が愛し合った歴史を・・・。
私はそのためにこの森の守護者となったのだから・・・。
そして願わくば、いつかまた妹が彼と出会えますように・・・。



あとがき
伽寿美様に捧げます、悲しい恋のファンタジー(?)です。
・・・はい、認めましょう!!キリリクとかけ離れている内容ですね。
どうしてこんな内容になったのでしょう?自分にもよくわかりません。
こんなのでよかったらもらってください。
それでは・・・。(逃)



inserted by FC2 system