この気持ちは嘘じゃないと思った。
 貴方がそれはと否定しても感情は本物だった。


「じゃあ、雅美ちゃんは好きな人がいるんだ」
「そうなんですけど……無理ですよ。あいつ、鈍いし年上風吹かせるし……それに私まだ子供だし」
 泣きそうな顔で拗ねる雅美ちゃんはかわいいと思う。
 子供と大人。
 それが雅美ちゃんにとっては大きな壁なのだろう。
 恋をする人は選べないと思う。
 理想とはかなりかけ離れた恋をする人もいるし、絶対好きにならないと思っていた人を愛することだってある。
 きっと人は恋するときに一番自分じゃなくなるのだろう。
 それとも本来の自分が出てくるのか。
 私たちはそれが分かる年月を過ごしているのだろうか。
 一生分からない問題なのかもしれない。
 だから感覚で理解していくしかないのだろう。
 ああ、これが自分なのだと理解していく。これが恋をしているときの自分なのだと。
 あやふやな感情はいつも自分を惑わすけれど。
 それが本物だと私たちは本能で理解する。
 だからこそ、幼い私たちでも恋をする。
「大丈夫よ、雅美ちゃんだって綺麗になるわ」
 雅美ちゃんは一年生なのに大人っぽいし、たぶん高校生と並んでも違和感がないと思う。
 だからかなわない恋ではない。きっと。
 それに雅美ちゃんぐらいの年の差はしばらくたてば解消してしまう問題なのだから。
 そのときになっても雅美ちゃんたちの絆はきっと切れない。
 私とは違う。
 彼と私のつながりはこの学校しかなくて、けれどこの学校にいる限り結ばれるはずのない。
 中学生を相手にするわけには行かないほど彼は大人で。
 その上教員で。
 私は生徒で。
 中学生で。
 どんなに思っても結ばれるわけがない。
 ここは漫画の世界と違うから。
 漫画の世界では問題のないことかもしれないけど、ここでは大問題で。
 想っても仕方のないことだと自覚している。
 けれど……それで諦められたら恋で悩む人なんてきっといやしない。
 苦しんで、苦しんで。
 それでも諦められないから、恋の悩みは思春期にはつき物になる。
 もっと多くの楽しみや悩むことがあるのに、恋をするだけでそれしか見えなくなる。
 それでも、恋をすることは悔やむことじゃないと私は雅美ちゃんを見て思う。
 恋をする彼女は確かに綺麗で。
 かなえてやりたいと。成就すればいいと。
 何の隔たりもなしに思う。
 かなわない私の恋の替わりになんても思わない。
 感情に替わりなんてないんだから。ましてや、恋に替わりなんて。
 存在しない……。


「そこ、もう少し強く感情を込めて」
 指揮をする先生は見ているだけで満足できるくらい綺麗だ。
 憧れている人も多い。
 卒業生の中にも先生を訪ねてくる人もいる。
 それを見るたびに私はわずかの切なさを知る。
 けして届かない手を確認する。
 そして、そのたびに心の痛みと恋のすっぱさを知る。
 これは誰にもかえられない、本当の私。
 苦しくて捨てたいと思っても捨てられずに。
 ずっと同じところをぐるぐるしている。
 訪ねられる卒業生たちがうらやましい。きっとあの人達は先生に大人として扱ってもらえる。
 他の先生たちがうらやましい。先生に同僚として、後輩として、先輩として付き合ってもらえる。
 うらやましがっているだけの自分が腹立たしい。
 けれどそのたびに自分の心を知る。
 この気持ちは嘘じゃないと。
 切なさと甘さとすっぱさと苦さを持って。
 この気持ちは嘘じゃない。
 憧れなんかじゃ物足りないくらい、私の心を占めている。
 この気持ちは嘘じゃないよねと確認するまでもない。
 私たちはこの気持ちをどう名づけるか、本能で知っている。
 これは『恋』だ。

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