どうしても惹かれつづけたんだ。 さゆりに悪いと思っても、惹かれずにはいられなかった。 さゆりと俺は幼馴染だった。 いつも一緒で、自然と付き合い始めた。 誰よりも付き合いが長かった。 さゆりが困っていたら、すかさず手を出してやるほど大事に思っていた。 緊張を伴った高揚なんて味わった事がないけれど、さゆりと一緒にいるだけで安心できていたりした。 だからだろうか。 暖かなそれを恋と勘違いしていた。 誰よりも大切だったし、守りたいと思っていた。 さゆりも俺を慕ってくれていたし、皆には「公認カップル」のような扱いをされていた。 だから俺もそれが当たり前のように思えていた。 彼女が現れる前は。 「私が悪かったんだよね、結局……」 麻子はぽつりとそう言った。 俺はなんでもないことのように 「悪いのは全部俺だろ」 と麻子の髪を撫でた。 そう、悪いのは全部俺だ。 一番悪いのではなく、この関係の悪いところを全てが俺に原因がある。 それは紛れもない事実だ。 さゆりを捨てられないのに、麻子を愛してしまった俺の。 さゆりだって、俺が別れを言えばおそらく頷くだろう。 彼女も俺といる時、辛そうな顔をする事が多くなった。 それでも彼女はなぜか俺を好いてくれている。 最低な男なのに、いつまでも変わらない恋慕を寄せてくれる。 いっそのこと、嫌ってくれれば。 最悪な男なのだと、軽蔑してくれれば。 彼女が俺を利用してくれたのなら、喜んで利用されるだろう。 けれど彼女はけして利用しようなんてしない。 その理由は分かりきっている。 何度も言われてきた言葉だ。 『私は卓也さんを愛していますから。貴方の役に立てれば嬉しいんです』 それがこんなに重い言葉だなんて思わなかった。 それがそんなにさゆりに重荷を背負わせる覚悟のいる言葉だとは思わなかった。 さゆりはこの手を離してしまえば壊れてしまうかのように、ずっとその言葉に縋って生きてきたように思う。 ただ俺のためを思って何もいわないさゆり。 責めもせず、ただ微笑んで耐えている。 分かってる。それがどうしてなのか。 けしてさゆりから逃げ難くないために、俺がいつでもさゆりから離れられるためにさゆり自身が精一杯考え抜いたこと。 責めたりしたらきっとさゆりは俺が気にすると思ったのだろう。 だからこそ世間知らずの女を装っているのだろう。 さゆり、でもそれは違う。俺から君を切り捨てられないんだ、どんなことをしても。 嫌ってくれ、さゆり。 きっと俺は君の手を払えないから。 嫌って、この程度の男だと蔑んで。 おまえには酷な事かもしれないけれど、それがお互いのために一番いいことのように思うんだ。 お願いだから、切り捨てろ。 切り捨てられない俺を、臆病ものだと笑いながら。 そうすれば俺は愛していない女と結婚する事ができる。 さゆりを利用なんてしたくないんだ。 さゆり。 俺は間違いなくお前を愛していた。それは恋愛ではなかったけれど、確かに暖かな愛だった。 だからこそ、お前を一番幸せにしてくれるだろう男の元に行ってほしい。 せめてさゆりだけを見てくれる男の元へ。 お前には似合わないんだ。親の言いなりになって幸せになれる女じゃないだろう? もっと、太陽のような暖かな家庭が似合うお前だからこそ。 嫌ってくれ、さゆり。 お前のその包まれるような優しさは、こんな男に向けられるほど安くはないのだから。 「ごめんね、卓也さん」 物思いにふけっていたのにきがついたのか、麻子がシーツに顔を埋めながら謝った。 「ごめん、……起こした?」 俺は慌てて謝った。 けれど、麻子は首を振った。 顔を上げないまま呟いた。 「ごめんね、貴方を愛してしまったから、さゆりさんも貴方も苦しんでるんだよね」 そうじゃないと言いたい。 言わなければならない。 そうじゃない、おまえは何も悪くないと。 悪いのは、自由がないのを知っていてお前に惚れた俺なのだと。 けしてさゆり以外を愛してはいけないと思いながらも、それでもお前に惹かれた俺なのだと。 けれど、そういっても麻子は納得しないだろう。 俺が許されるのは、こうやって抱きしめてやることだけだ。 「貴方は言っていたのにね。俺に惚れてもいいことないって。でも、ごめんね。貴方が好きなの。それでも貴方を愛してるの」 麻子の稚拙な愛の言葉。 その言葉が俺の心に染み渡る。 この暖かな恋はきっと俺の結婚と同時に終わるだろう。 相手はさゆりでなくても、麻子ではない女と。 政略結婚。 そんな時代遅れのような結婚がいまだにあるわが家。 俺がそれを逃れることは難しいことではない。 けれど、その切っ先はきっと俺から外れて幼いといってもいい妹に向けられる。 それだけは避けたかった。 だからこそ、俺は親の意見どうりに動く。妹がいずれ、自由な結婚をするために。 そしてその時が麻子と俺との仲が切れる時だ。 浮気という形でどうしても麻子を扱いたくなかった。 本来ならば今、麻子と別れるべきなのは分かっている。 けれど、別れられないのは俺の弱さ。 けして忘れることは出来ないだろう。この初めての熱い想いは。 俺は黙って麻子を抱きしめている腕に力をこめた。 忘れない。けれど、忘れてほしい。 それで幸せな道へ。 さゆりにも麻子にも幸せになってほしい。 そして愚者など忘れてしまえ。 馬鹿な男だと見限ってしまえ。 けれどこれだけは許して。 俺が愛し、愛された女の幸せを願うことを。 それ以外、望まないから。 |