ユウカの彼氏はまめだと思う。
 少なくとも一週間に一回は電話してくる。
 しかも必ずユウカが忙しくないときに。
 世界中を周ることが仕事のような私たちにとって寂しさを一番実感するのは暇なとき。
 ユウカも例外ではない。
 ユウカの寂しさが感じられたとき、彼氏の電話は大抵タイミングよくなる。
 そしてユウカの顔は会話を終えたあとすばらしい変貌を遂げるのだ。
 ふつう、度を越した遠距離恋愛はそのまま自然消滅することが多い。
 そうでなければどちらかが浮気して喧嘩別れ。
 遠距離恋愛は長ければ長いほどつらくなる。
 だからこそ、ユウカとその彼氏は奇跡みたいなもん。
 愛し愛されていることを手紙や電話で伝わることがどんなに難しいことか。
 私の彼だってそうだ。
 たしかに遠距離をはじめたばかりのときは、頻繁に電話も手紙もくれた。
 それが途中から二週間あき、三週間あき、一ヶ月あき……
 最終的にはたまに思い出したように電話が来るのみ。
 それがほんとーうにたまぁーにだからもうそろそろ自然消滅時期かと思わないでもない。p  まあ、しかたないんだよね。
 どう考えても結婚するなら仕事よりも自分を選んでくれるような人がいいだろうし。
 私はせっかく苦労して手に入れた夢を諦められないから。
 どうしても彼よりもこのバイオリンを選んでしまう。
 たしかにまだ駆け出しで。
 まだ大きなところでなんてできないけれど。
 それでもゆっくりとだけれど足を進めてきた自覚がある。
 この世界には才能というものが大きくて、誰もが壁を見る世界。
 それを越えられない奴は脱落していく。
 私も何度も壁を見てきた。
 天才と呼ばれる人なんて一握り。あとはみんな血を吐くような練習量でがんばっている。
 音楽というものは練習すれば必ずうまくなるというものではない。
 どこかで伸び悩む。限界が近づく。
 けれど、努力しなかったらうまくなんてならないから。
 私はそれをモットーにがんばってきた。
 だからいえない。彼よりもこの世界を愛しているから。
 電話してね……なんて甘ったれたこと。バイオリンの魔力に見入ってしまった私には言えやしない。
 甘えることなんて知らなかった子供時代。
 友達はバイオリンの音色だけ。
 厳しいバイオリンの先生の顔しか覚えていない気がする。
 それを今でも引きずっているのだろうか。
 音楽家に限らず、大抵のアーティストと名のつく職人たちはどこか頑固である気がする。
 そうでなければやってられないのだ。自分を保っていなければどこかで崩れしまうのだ。
 けれど、それも言い訳にしか過ぎない。
 この職業を選んだからには頂点を目指す。すばらしいと思う。
 けれど、それは才能のかけらしか持たない私たちにはつらい。
 ただでさえこの業界は才能のないものに冷たいのに、必死でしがみつかないと振り落とされる。
 だからこそ、ほかの事に気を配っている余裕はない。
 苦しいけれど、それが幼いころからの夢を叶える一歩になると信じている。


「なのに、どうしてこうよくばりかな」
「え? なにが?」
 ユウカが私を振り向いて聞く。
 同じ日本人同士だから日本語で話せるし、気も合ったからルームシェアをすることになった。
 だからこそ、彼女の彼氏もよくよく分かってしまうというもの。
 ふふふ、こっちからみてれば寂しい奴に見せ付けるな! といいたくなるのだがそれはさすがにプライドが許さなかった。
「んー、やっぱりユウカみたいに恋愛と仕事の両立はできないなーって」
 私はお茶を濁しながら、笑った。けれど、うまく笑えた自身は正直ない。
「そんなことないよ。カナエだって素敵な彼氏がいるじゃない」
 素敵……あの連絡もよこさないような男が?
「素敵っていうのはユウカの彼氏みたいなのをいうのよ。まめに連絡してくれる彼なんて願ったりかなったりじゃない」
 私が本気でそういうとユウカはくすくすと笑った。
「ただカナエの彼と馨の愛情表現が違っているだけよ。カナエの彼だってカナエのこと愛してくれているじゃない」
 そうなのかな。
 私の不安は消えない。きっと奴にあってわかれるなり、仲を修復するなりしないと。
 たしかにあいつは私にべたべたしてきたりしない。
 それが当時の私にとって好ましかった。
 けれど、それが今になって寂しくなる。なんて自分勝手なんだろう。
「でも、電話くらいよこせよとか思わない!?」
 別にここまで来てなんてわがまま言わないから、せめて声ぐらい聞かせてもいいじゃない!
「うーん、でもきっと勝也さんも同じこと考えていると思うけど?」
 カナエの言葉に自分から電話するべきかと考えた。
 ただ、何かきっかけがなければしなかった電話。今になって自分が電話が苦手だということに気づく。
 電話するべきか。しないべきか。ああ、でもユウカがそばにいると恥ずかしいかも。
 迷っていると玄関のチャイムが鳴った。
 それにユウカが出る。その隙に私は番号を押した。
 どうか奴の声が聞けますように。


 そのあと、私の悩みが解消したことはいうまでもない。

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