さて問題です。
 彼女は何を望んでいるでしょう。
 彼女にかけなければいけない言葉は何でしょう。


「だからね、すっごい素敵だったのよー! 海外にいる彼女の誕生日にいきなり休んでわざわざ彼女の元へ行っちゃうんだから!」
 亜沙子は夢を見るような瞳でそういう。
 そう、たしかにまるでドラマみたいな恋愛だ。
 シチュエーションも、そこにたどり着く馴れ初めも、そして極めつけはどちらも平均以上の美貌の持ち主ってか。
 しかしそれを俺に期待するのは間違っていないか?
「それにね、そのときの課長ってね……!」
 話を続ける彼女の目は本当にきらきらしていた。
 だから思わず言ってしまいたくなる。っつーか言っても罰は当たらないだろう。
「お前もそういうことしてほしい?」
 そのいいかたがきに食わなかったのか、何なのか。
 亜沙子はむっとして俺をにらみつけてくる。
「げんちゃんにそんなことしたら絶対追ってなんかこないでしょ? じゃあ無理じゃん」
 何を怒っているのか……わからない。
 そんなこといってわかるような俺じゃないって知ってるんだから、きちんと言ってほしい。
 悪いけど、鈍さには相当自信がある。……こんな自信いらねーけど。
 多分彼女はまさにドラマみたいな恋愛をしたいんだろうけど、俺にそれを望むのはどうだろうと思う。
 俺はけしてワイングラスの似合うような美青年ではない。
 めがねの似合うような知的な男でもない。
 かといって日焼けが似合うようなワイルドな男でもない。
 あー、あとなんだ?
 派手な性格ではないし、それに女を口説くテクなんて持ち合わせてもいない。
 それに炎のようなのか、赤いバラのようなのかは知らないけどそんな情熱もあいにくない。
 あるとすれば……まあ、誠実さ? 実直さ?
 そこら辺だし。
 女から見ればつまらない男、まあ安全枠? そんな扱いばかりされてきた。
 だから正直、困るのだ。そういうことを期待されていても。
 俺には答えるすべすらないから。


「むー、げんちゃん、またしょうものないこと考えてるー」
 彼女の子供っぽい言い方に、俺は思わず笑ってしまう。
 俺と同い年のはずなのに、まだまだ子供っぽい彼女。
 外を歩けば、それなりにカップルになれるのに。家の中ではこどもっぽい。
 ……ああ、だからあこがれるのかな。ドラマのような恋愛に。
 まだ少女のような彼女だから。
 まだ、恋に憧れを持っている彼女だから。
「なあ、亜沙子」
「言っとくけど別れたいわけじゃないからね!」
 ……何を誤解したのか、彼女はそういった。
 いや、別に分かれたいとか思ったわけじゃないぞ。
 まあ、すこしだけ、俺でいいのかとか思ったけど。
「ドラマみたいな恋をしてみたいか?」
 俺はそのとき茶化して言おうとしたのが、失敗していたと思う。
 結構顔がこわばっていたんじゃないだろうか。
 亜沙子は驚いたような顔をしていたが、くすりと笑った。
「いいのよー、私はドラマは見るの専門だもん」
 大体そんな恋をしていたら疲れちゃうわよ。
 亜沙子はそういって俺の唇に軽くキスをする。
「それに、げんちゃんにそんなこと望めないでしょ? だったら私はげんちゃんとする平和で退屈な恋愛のほうがいいな」
 それが一番私が幸せになれるのよ。
 彼女の言葉は俺からのキスでさえぎられたのかもしれない。
 ああ、言ってもらえばよかったかもと少し後悔。
 でも彼女とのキスは気持ちよかった。


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