失態だ。
 これは絶対失態だ。
 それか従姉の陰謀だ。
 俺は神をこれほど恨んだことがない。
 ちょっとした沈黙だった。
 美麗さんとちょっとした沈黙があったのだ。
 俺は美麗さんに退屈させちゃいけないと思った。
 だから必死に話題を探した。
 なのになんでこんなことになったのだろう。
 ああ、わかってる。亜沙子の様な強気な従姉に「女の子に退屈させるとつまんない男って思われるわよ」なんて脅すから!
 だから必死に話を続けようと思ったんだ。
 でもあれはないだろ。犬の話題のあとに……告白するなんて!
 何たる不覚! 何たる失敗!
 神は俺を見放した!
 もともと神様なんて信じていなかった俺だけど。
 それでも初詣のときは美麗さんとうまくいきますようにと奮発して500円差し上げたというのに!


 トゥルルルル、トゥルルルル……
 電話が鳴るが俺は出るつもりはなかった。というか、出る気力がなかった。
 けれどしつこく電話が鳴る。
 いったい何のようだよ。っつーか誰だよ。
 俺はしぶしぶ電話に出た。
「はーい! こう!? 今日のデートどうだった?」
 亜沙子が期限のよさそうな声で聞いてくる。
 俺はそんな声に、今日あったことを思い出し、また絶望する。
「……告ちゃったんですが……」
「え、告白したの!? よかったじゃん! 引っ込み思案なあんたが進歩進歩」
 笑いながらそういう亜沙子に殺意が沸かないわけがなかった。
「なんだよ、それ! 俺だって、俺だってあんなところで言う気はなかったんだー!!」
 何が悲しくて焼肉やなんてムードのかけらもないところで告白しなきゃならないんだ!
 少なくとも彼女は困惑していた。
 そりゃそうだろう。焼肉やなんてムードのないところで告白されたことなんてなかっただろう。  俺だって同じ飲食店だったら夜景のきれいなイタ飯か、フランス料理の専門店なんかで優雅に告白したかったわ!
 ああ、何たる不幸!
 神は俺を見捨てたもうた!
 俺が悲しみに打ちひしがれていると、亜沙子はさすがに気の毒に思ったのか、電話口で慰めの言葉を並べた。
「まあ、振られたわけじゃないし……」
「……お前はあのときの彼女の戸惑った顔を見ていないからそんなこといえるんだ!」
「……まあ、女はあの子だけじゃないわよ!」
「なんで、いきなり振られること前提になってんだ!」
 俺はそんなことないよとかそういうせりふを待っていたのに!
 亜沙子は舌打ちした後、ぼそっとつぶやいた。
 亜沙子は俺に聞こえないように「めんどくさいやつね」といったつもりだろうが、俺の耳にはしっかりと届いていた。
「あー。もう俺はだめだね。きっとだめだね」
「まあ、うじうじしなさんなって」
 適当なフォローになりつつある亜沙子に俺はため息をついた。
 ああ、これがあの人ならもっと親身になってくれるんだろうな。
 失恋なんて説明したら、きっと自分が振られたような顔をしてくれるに違いない。
 そしてやさしく慰めてくれるんだ……。
 でも結局その権利を無くしたことが俺を更に憂鬱にさせた。
 告白なんてしなきゃよかった。
 そうしたら友達でいられたかもしれないのに。
 ここまで来るのにどんなに努力しただろう。
 けれど彼女のためなら惜しくはなかった。
 笑うだけで幸せにしてくれる人なんて俺はあったことなかったのに。
 何で友達で我慢しなかったんだ、俺。
 思わず泣きそうになり、窓の外を見た。
 そしてある人影を見つける。
 その人は俺に気づいていない。
 夜も遅いし、その人の顔は見られない。
 だけど、だけど。


 ――普通、好きな相手だったらわかってしまうよな


「亜沙子、ごめん切るわ」
「は?」
「運命の女神様が俺にチャンスをくれた!」
 そう、これはチャンスだ。これでだめだったら本格的に落ち込もう。
 そう思い込むことにして俺は急いで形態を放り投げ、自分の部屋を出た。
 ちゃんと告白しなおそう。しつこい男だと思われてもいいから。
 考えてみれば逃げてしまってちゃんと告白してないのだから。


 そして奇跡の可能性の夜が来る。
 

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