「リコ? 何やってるんだ?」
 先輩がそう声をかけてくれる。
 優しい優しい私の大好きな声。
 きっと、わたしがそう思ってるって知ったらバイト先の生意気な後輩は大笑いするのだろう。
 だけれど、きっと思い悩んでるのは彼も一緒なのだと知っている。
 いつも切ないため息をついているのは、彼女がそばにいないせいなのかどうなのか。
 女の勘が、遠恋のつらさを彼から見つけている。
「先輩はさ、私がいなくなったらどうする?」
「は?」
 先輩の答えなんてほとんど決まっているけど。
 それでも聞いてみたくなるのが女心ってもんだろう。
「たとえばー、私が留学したりなんだりしてそばにいなかったらどうする?」
「……なんで?」
「いいからー」
 私は半分うきうきしながら聞く。
 驚かせられるのはいつも私。
 だからこういうときなら、驚かせてもいいよね?
 いつまでも終わらない恋なんて、夢見ちゃいないしそんなこと言う奴なら鼻で笑って見せるけど。
 心のどこかでは、永遠という言葉を信じてる。
 恋という名の感情でもなく、愛でもなくなってもどこかでつながるものはあるのだと。
 たとえば、長年連れ添った夫婦のように。
「そうだな、たまには会いに行ってやるよ」
 そういってにやりと笑う先輩の笑顔にやられてるなと思ってしまう私は末期かもしれない。
「私も会いに行ってやるわよ」
 にっこりとそういってやると先輩は私の頬をぐにっと引っ張った。
「なんか生意気ー、そんなに生意気だと魅力半減だぞー」
「なんだとー、私はいつでも魅力的よ!」
「うけけけけ、ほっぺた伸びるなー、ちょっと太った?」
「な、な、何を……?!」
 一番気づかれたくないことに気づかれてしまったわい!
 そう、最近ふにふにしだしたのよね、私のほっぺた!
「ほら、やっぱり焼肉屋だと肉ばっか喰うから」
「お前なんてカラオケばっかで声かれるんじゃねーの!?」
「ばーか、店員は歌えねーんだよ」
「こっちだって店員は食えないんだよ!」
 そんな些細な言い争いで笑っていられるのは明日も朝っても会えるという保障があるからだと思う。
 言い争いのできない彼らを思い出す。
 こんなくだらないことで時間を消費したくなくて、ひたすらいちゃいちゃするのだろう彼らを。
 あの妙にまじめで、けどどこかぬけている男の顔を思い出して、んなことないかと思い直した。
 だって彼らは彼らで思いっきり喧嘩したりなんだりもしているんだろうし。
 時間も忘れていちゃいちゃしてれば口げんかもどきもするだろうし。
 きっと奴は「時間がもったいない」と思うよりもただ時間を忘れて時計を見てから「あ!」と思うタイプだ。
 ああ、でも
「やっぱりこうやって触れる場所にいられたほうがいいわ」
「しかし、おまえさ。仮にも彼氏のそばにいるのにほかの奴のこと考えてんなよ」
 俺が寛大じゃなきゃ怒ってるぞ、とからかわれて私はふざけ半分で軽く殴った。
 この距離が一番いい。
 燃え上がるような恋でなくても、こうやってじゃれあって楽しい恋が私にはあっている。
 楽しければいいじゃん。
 こうやって触れ合う温度が何よりも確かな幸せを教えてるんだからさ。

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