美しい歌声なのだと思うけど。
 どこか悲しげで絶望を孕み。
 けれど、それが人を魅了した。
 「悲哀のミューズ」
 それが彼女のキャッチコピー。
 なんという皮肉なのだろう。
 確かに彼女の歌には悲哀が含まれていた。
 愛のために歌手になった彼女。
 その愛の行く先を知っていたかのようなキャッチコピー。
 願わくば、その言葉が永遠ではないことを。
 私は願うしかできない。


「RUIKAさんで『旅立ちの愛』をお送りしております」
 ラジオからそんな声が聞こえる。私はハンドル片手でそれを止めようとした。けれどそのとたんに急なカーブに入り、変えるきっかけを失う。
 本当はきかなければならないだろう、マネージャーとして。
 だけど、正直今は聞く気力もない。
「RUIKAさんは失恋などの曲が多いですね」
「ええ、失恋にくれる女心がRURIKAさんの歌声にマッチして、とても美しい歌が多いですね」
 RUIKAの声は透明で。美しい曲にも負けぬ響きのよさで。愛しさを忘れられぬ悲しさを歌い上げる。
 それは、まるで鎮魂歌のよう。
 そう、たった一人に送る鎮魂歌。
 彼女はまだ、認めていないのに。
 彼女の心はどこかにそれを認めているのだろうか。
「二年待てば、良いほうだと思うんだけどね」
 ただでさえ、若いころの時間はゆっくり過ぎていくのに。
 その仲の二年を彼のために犠牲にしているようなRUIKA。
 帰ってこないのなら吹っ切ってしまえば良いというのは、他人事だからか。
 いつまでも、待つということは本当に難しいというのに。
 彼女は、待ち続けるのだろう。
 彼女の歌は失恋の歌などではなく。
 それは帰ってこない恋人を待ち続ける、いまだに恋人を愛している女の歌だ。
 その事実は私の胸へと突き刺さる。
 いつまでRUIKAは待っていれば良いのだろう。
 彼女の歌は彼に届くのだろうか。
 届けばいい。届けば、良い。
 そしてRUIKAをさらって欲しい。彼女は歌いたくて歌ってるんじゃない。
 ただ彼に届けば良い一身で歌っているのだ。
 それしか彼女にはないのだから。
 わかっている、この思いはマネージャーとして失格であることぐらい。
 けれど、願わずにはいられない。
 この重いよ、届いておくれ。
 彼女がただ一人、愛した人に。
 あのひとには聞く義務がある。
 ただ一心に愛された人間として。
 彼女がただ一人、愛した人だから。
 聞く義務があるのだと私は強く思うのだ。
 なのに、なぜ彼は帰ってこないのだろう……。
 もう生きていないのではないかという不安。彼女の歌が届いていないのではという疑惑。
 そんなものが私の中で巻き起こる。
 第三者である私でさえ、そうなのだから彼女にとってはどんなに苦しいだろう。
「酒でも買ってくるか……」
 こういうときは彼女のマンションへいって飲もう。
 彼女はきっと驚くだろうけど、快く迎えてくれるはずだ。
 さあ、そうと決まればコンビニへ。
 鎮魂歌ではなく、ただ楽しげな声を聞くために。
「ねえ、いつまで彼を待っているつもり?」
「いつまでもよ」
「私だったらもうあきらめてるかもしれないわね」
「しかたないのよ。彼は運命の人だから」
「へ? 運命?」
「そう、彼は私心から愛した生涯でただ一人の人だから」
「……生涯ってまだ若いでしょうに」
「いいのよ、すぐにわかるわ」
 そういったのはいつだっただろう。
 そう交わした会話はいつまでも忘れることがなかった。
「しかし、残念ですね。彼女は――」
「そうですね、いくら病気とはいえもう――」
 そう交わされるラジオを私は消した。
 そう、彼は生涯ただ一人の人になったのだ。
 もう、待つ必要はなくなっただろうか。それとも彼が待つ側になったのだろうか。
 わからない。
 でもRUIKAはまだそこにいる気がするのだ。だから時々マンションへ酒盛りに行く。
 そうすれば、ほら聞こえる気がする。
 彼女の楽しそうな声が。ただ記録に残っている悲しそうな声ではなく。
 それを聞くために私はアクセルを踏みしめた。

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