そっとキスをする。 緩やかに、流れる時間が今は恋しい。 この人のそばにずっといたい。 けれど、人はそれを許さないのだろう。 だって、彼は先生で。 私は生徒で。 彼は大学生で。 私は高校生で。 きっと彼は私の想いなんて知らない。 知っていたらこんなに無防備に寝ないだろう。 それが酷く悔しかった。 ねえ、先生。 彼女にしてなんて言わない。 ただ、私の先生でいる間は特定の人を作らないで。 出来ても私に話さないで。 ただ何気ない話に笑って。 くだらない冗談につっこんで。 ただ、高校生でいる間は貴方のそばにいられるだけの権利を。 静かに流れる涙。 こんな静かな涙は私は知らなかった。 教室内にいる恋人達が羨ましかった。 誰も彼も、愛を囁くことを我慢しないで。 我慢する必要なんてなくて。 それがどんなに幸せな事だか分かっているのかしら。 それとも分かっていないのかしら。 私はこんなに苦しいよ。 貴方達にとってはその恋は世界で一番素敵なものなのでしょう。 けれど、私にとってこの恋は一番苦しく醜いもの。 叶わない願いほど醜いものはない。 それほど捨てにくいものはない。 ねえ、先生。 起きなければいいのに。 起きなければ。 起きないで。 私がこの涙を枯らすまで。 貴方に笑顔で答えられるまで。 貴方の顔が見れるようになるまで。 起きないで。 「で? どうするんだ、俺は?」 ポツリと聞こえる声。 私は驚きを隠せずさっと離れた。 先生の瞳は閉ざされたまま。 まるで、寝言を言ったかのように。 けれど違う。 寝息が聞こえない。 いつから? いつから起きていた? 分からない。 分からないけれど、多分…… 「き、聞いて……」 私の言葉が続かない。 気づかれたくなかった。 だって彼は言ったのだ。 『もし、君が俺に恋したら俺は辞めるからね』 と冗談交じりに。 いや、彼は冗談としていったのだ。 ただ、休憩のときの雑談として。 私が彼に惚れないことを前提として。 「……」 暫く沈黙が流れる。 先生は無駄な眠ったフリを続けている。 聞かなかったことにしたかったのは先生も同じなのだろうか。 馬鹿だ、私。 守っておかなきゃならなかった。 ずっと先生と一緒にいたいなら。 いわなければよかったのに!! 「先生……」 「あー、と」 困ったように苦笑しながら先生は起き上がる。 それが私にとっては恐怖だった。 「そんなに固まるなって」 優しく、優しく私の頭を撫でてくれる先生。 けれど、それすらも私には脅威で。 とてもとても怖くて。 いつ、決別状を届けられるか分からなくて。 それでも、それでも私は待っているしか出来なくて。 優しい手に泣きたくなった……。 「だから、別に怒ってるわけじゃないって」 子供をあやすように、そういってくれる先生。 けれど、わたしはその一言一言が怖かった。 分かってる。 先生が私を恋愛感情で見るなんて万に一つもないってことぐらい。 それくらい……分かってる。 「先生、辞めちゃう……?」 思わずそう聞いてしまった。 辞めないでほしい。 せめて、期限付きでも一緒にいたい。 たとえ、想いが実らなくてもそれでも。 一生会えないよりはいい。 でも……同じではないだろうか。 いつかは離れなければならないのだから、同じではないだろうか。 ねえ、先生。 結局貴方は私の手の届かないところにいるんだ。 でも、目に見えてしまうから、手が届くと錯覚してしまうんだ。 「ごめんなさい、先生」 謝るしか出来ない私はまだ子供だ。 大人の女性ならどんな事ができるだろう。 貴方に恋の告白くらいはできる? 分からない。 ねえ、貴方にとってはどこからが恋愛対象? けして縮まらない距離。 それを見つめるだけで苦しくなるのに。 なぜ、この人のそばにいたいと思ってしまうのだろう。 なぜ、こんなにも苦しいのに、傍にいたいと貪欲になってしまうのだろう。 見ているだけで、辛い。 見ているだけで、心がざわめく。 悲しみと苦しみと絶望と、そんなもので構成されている恋心なのになんでこんなに愛しいのだろう。 けして手放したくないほどに。 先生……。 先生……。 傍にいてください。 どうか傍に。 置いていかないで。 どこにも置いていかないで。 お願いだからこれ以上貴方と私の距離を広げないで。 お願いだから。 「置いていかないで……」 先生は私の頭を撫でながら、いってくれた。 優しく、大きな手はとても悲しくて。 でも、とても温かくて。 嬉しかった。 「俺がお前を置いていくわけないだろ?」 先生の声は憮然としていた。 私は伏せていた顔をまるであやつられたように無意識に上げていた。 どうしてそんな顔をしているの? 悲しそうな、悔しそうな。 どうしようもない笑みを浮かべているの? 「お前が俺をおいていくんだよ、早紀」 「え?」 「お前は俺より年下だ。だから可能性が俺よりあって当たり前なんだよ」 子供に言い聞かせるかのようにゆっくりと頭を撫でながら、優しい声で諭してくれる。 「置いていかないよ、お前が俺をおいていくまで」 顔を上げた私の頬に涙が伝う。 それはとても熱かった。 それはまるで私の恋心のよう。 「お前を恋愛対象にすることは出来ないけど、お前が望むのなら俺はお前の先生でいてやるよ」 そうにこりと笑う先生の顔に戸惑いは隠せていなかったけど。 それでも、それでも真剣に受け止めようとしてくれる先生だから。 けして茶化さずに、いてくれる先生だから。 だから好きになったのだ。 けして見捨てたりはできない優しい人。 その優しさにつけこんでいる卑怯な私。 でも、この恋をまだからさなくていいですか? 蕾のまま終わらせなければならないとしても、まだ枯らさなくていいですか? 私はあなたに置いていかれたくも置いていきたくもないんです。 ただ、望めるのなら、貴方の隣をあるきたい。 叶わないかもしれないけど、望まずにはいられない……。 |