いつも思うんだけど。
 どうして目の前の男ってもててるんだろう。
 私はそいつの高等部を見ながら考えた。
 顔が特別いいわけじゃない。まあ、平均よりは上だとは思うけど、十人並みから抜け出さない。  性格は最悪。私の周りの男が皆優しいからか、酷く傲慢に思える。
 スタイル? それは、まあ身長が高いほうだしいい感じ?
 でもやっぱり性格がね。
 最悪だと絶対友達どまりだと思うんだけど。
 それか、観賞用。
 少なくとも、彼氏には向かないわ。
 絶対浮気するだろうし。
 今電話している相手だって、彼女といったら彼女なのだろうけど唯一の彼女じゃないし。
 二股、三股は当たり前。悪かったら七股ぐらいはするんじゃないの?
 別にこいつにどうこう言うつもりはないけど、それでもちゃんと誠実だったのならば友達としても鼻が長いのに。
 今ではこいつの尻拭い担当。
 まあ、それは嫉妬や誤解されるのに耐えかねていろいろやっているうちにそうなったんだけど。
 男友達としては近藤は最高だけど、それでも彼氏にしたら傷つくに決まってるのにどうしてこんなやつがもてるのだろう。
 けして女にやさしくしたところは見たことない。
 この前、彼女の一人と歩いていたところを見かけたけれど、こいつは彼女に気を使わないでマイペースで歩くやつだぞ。
 コンパスも違うのに、私の勘が正しければあの歩き方は靴擦れを起こしていた。
 それなのに必死になって歩く彼女。
 必死で、追いかけるだけの価値がこの男にはあるのあろうか。
 私はそんな感情は知らない。
 ひどいことをされていると思うのに、それでも好きだという女たちの感情が理解できない。


「何、物思いにふけてんの?」
 ふと、隣から私の腕をつつくやつがいた。
「案崎……」
 優男という言葉が似合うこいつはへらへら笑いながら、ボールペンで私の腕を突っついていた。
「やめてよ、これ洗えないんだから」
 急いで自分の腕を非難させる。
 その行動に笑いを誘われたのか、安藤はくすくす笑い始めた。
「いや、ゆえりが熱心に近藤を見てたからもしかしたら近藤のことをとうとう好きになったのかなって」
 いたずらっけを見せる案崎の目はきれいだと思った。
 そういえばさっきまで見ていた男の目もきれいだと思う。
 どこかの小説のせりふじゃないけれど、子供みたいな目だと思う。
 きらきらしている目は、自分の感情を躊躇なく映す。本人は気づいていないのだろうが
「そういえば合コンいってきたんだって? 亜美ちゃん主催の。いいこいた?」
「……聞くなよ」
 一転返ってふてくされたような顔をする案崎はますます子供みたいだ。
 まあ、合コンには集中できるわけないだろう。
 何せ、こいつは家庭教師先の高校生に告白されて、それをきっかけに意識し始めてしまったのだから。
 やり始める前は「教師と生徒の関係は清潔でなければならない!」と酔って時だがそういって、そういう感情を持ったらやめてやると宣言したこいつが。
 まんざらでもなかった自分がいやなのだろう、今までは断ってきた合コンに積極的に参加し始めた。
 けれど、それははあまり意味をなさなかったようだ。
 少なくとも生徒である彼女以上にそそられた相手がいなかったのだろう。
 案崎にそんなこといえば怒り出すので黙っているが。
「で、何で見てたんだよ。とうとう近藤にゆえりもはまったか?」
「バーカ。私はね、男にはだまされないように生きているつもりなの。だから恋人なんてめったにつくらないし、作ったら作ったで長続きするような男が好きなの。あいつは役不足だわ」
「へー、天下の近藤も冴川ゆえりには適わないってか」
「やめてくれる、その「天下の近藤」って」
「ん?」
「私、結構新撰組好きだから思い出しちゃうじゃない!」
 私の言葉になぜか案崎はあきれたような顔をした。
 一応理学系に進んだ私は実は昔は文系少女だったのだ。
 歴史が得意でとくに新撰組とかの幕末あたりが好きだった。
 時代の狭間に生きる男たちのドラマがすごい好きだった。
 自分の信念に命を懸けるさまにあこがれた。
 あの時、本気で私の理想の男は「侍」だと思ったものだ。
 実際現代人にそういう男は少ないけど。
 侍はあの近藤とは天と地の差があるわ。
「おまえって、近藤に何も感じてないの?」
「友情は感じているわよ?」
「いや、そうじゃなくてさ」
 案崎は困ったように頭をかいていた。
 いや、いいたいことはわかるわ。
 つまり、私が近藤に対して女として魅力を感じているかってことでしょ?
「まあ、かっこいいとは思わないでもないわよ」
 私は率直にそういった。
 たしかにかっこいい部類には入る。
 けれどやっぱり美少年などの域には達してない。
 それくらいじゃないとあの性格じゃおつりが来るわ。
「でもあいつの彼女なんて誰がどう頼んでもお断りだわ」
「ふーん、冴川はそんなこと考えてんだ」
 私の耳元でそんな声が聞こえた。
 しかも低い声のエロボイス!
 その声にいやおうもなく背筋に悪寒を感じる。
「なにすんのよ! 近藤!」
 私は怒鳴って近藤の頭を勢いに任せてぶん殴った。
 もちろん私の握りこぶしは痛みを訴えたが、それ以上に近藤には痛かったようだ。
「何するんだ!」
「あんたが耳元で不気味な声を発するからでしょ!」
 そのやり取りに案崎はぼんやりしていたが、じきにやれやれといったように首を振った。
「俺、もう行くわ」
 案崎があきれたようにその場から去った。
 私はそれにそれにつられて案崎を見送るが、その後の授業が案崎と重なっていることを思い出し、あわてて彼の背中を追った。
 くそう、案崎のやつわかっているはずなのに。
 そう思いながら駆け出そうとすると、ぐいっと引っ張られる感覚に陥った。
 思わず首ががくっとなった。
 というか、ここの机が高かったら確実に私は頭を打っていた。
 不機嫌そのものといった目でその手をにらみつけた。
 しかし、犯人はそ知らぬ顔で私を見る。
 何のようだ、こいつ。
 たしか、こいつは次の時間はなかったはずだ。
 先週、私がダッシュしているのに悠々とコーヒーを飲んでたことに腹を立てたことを覚えてる。
「何か用?」
 不機嫌そのものの声にもびびらないこいつがにくい。
 ニヤニヤと笑みを含んだ唇が何か言葉を紡ごうとしている。
「愛しているっていわなきゃ殺す」
「……は?」
「お前が望んでる恋愛って最終形態それだろ」
 なにいってるんだ、こいつは。
 相変わらずニヤニヤ笑っている。
 その笑みが気に食わない。
「いや、違うな。愛しているっていって殺して……か?」
「意味がわかんないんだけど」
「お前の求めている恋愛ってそういうもんだろ?」
 さっきの言葉が気に食わなかったのか、近藤はにやりと笑いながら続ける。
「お前は縛り、縛られの恋愛がほしいんだろ? だったら最終形態それじゃん」
 殺せばお前のものだぜ? と笑う男が初めて怖くなった。
「あんたは、そう思ったことあるの?」
 私は馬鹿にしたように笑う。 
 そんなことこいつは塵も思わないだろうと信じて。
「俺は何万回も思ったよ。一人の女に」
 私は思わず近藤の顔を凝視した。
 近藤はいつものニヤニヤした顔ではなく、遠くを見つめるような達観した顔で。
 それがなぜか真実だと伝えているような気がした。
「殺したいと思ったよ。愛の言葉すら伝わらないのなら殺してやるってな」
 危ない。
 私の脳裏に血の海が浮かんだ。
 こいつは危ない。
 やるといったら本当にやりそうだ。
 思わず生唾を飲みこんだ。
 おねがいだから、それ以上いわないでほしい。
 今まで一応友人だと思っていた男がこんなに怖いやつだなんて信じられなかった。
「だって、あんたは複数の人間と付き合って……」
「そうしないと殺しそうになるんだよ」
 まったく相手のことも、付き合っていた女の子たちのことも考えてない台詞。
 ただ、それが恐ろしい。
 こいつはただのプレイボーイじゃなかったということ。
 野望のために殺したり、殺されたりできるやつ。
 ひとつの恋に命の一つや二つ平気でかけるやつ。
 それをしないのはおそらくそこで終わるからだ。
 まだこいつに終わらせる気がないからだ。
 いつか、終わらせようとするとき、きっと相手の女性に手をかけるのだろう。
 それが恐ろしい。
 案崎のようにただ子供っぽい目ではなく。
 純粋なものを映した目。
 それは消して心地いいものではなかった。
 私は今までこの男を勘違いしていた。
 われに返ったとたん私は走り出した。
 走り出さなければ、その闇に飲み込まれてしまいそうだった。
 今まで隠されていた近藤の深い闇に。


 何であれ、命を懸けることはかっこいいことだと幼い頃の私は思っていた。
 だからこそ、侍にあこがれた。
 けれど、それは違ったのかもしれない。
 あのころの侍は、もしかしたら狂気の波に飲み込まれたものだったのかもしれない。
 その証拠に私は近藤に魅力ではなく恐怖を感じさせたのだ。
 恐ろしく、純粋な狂気に私は……。


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