いい加減こっちを見ろ! ぽんぽんと投げる紙くずに目の前の教授は目もくれない。 早くこっちを見ないとあなたの論文もゴミ箱いきよ。 そう思いながら、私は紙くずをその背中に向かって投げ続ける。 いい加減疲れてきた。 幼すぎるこの行動にも飽きてきた。 早くしないと返らなければならない時間になるよ。 ねえ、一度でいいからこっちを向いてよ。 そう思いながら、最後と決めてそばに落ちていた紙くずをその背中に投げる。 すると、なぜか最後と決めたとき教授は必ず振り向く。 「何がしたいんだ、お前は」 若き天才。 教授はそう呼ばれていた。 そう呼ばれる人は何人もいるのだろうけど、私の「若き天才」は教授だけだった。 32歳の若さで教授だ。 最も教授がいくつぐらいでなるのが普通なのか私は知らないけどうちの大学の教授と名のつく人たちはみんな四十代とかだ。 きっと若いうちに入るのだろう。彼にあこがれる女子大生は多い。 けれど彼は淡々とそれを受け流している。 子供だと思われているのかなと思うけど、彼の周りに女のにおいがあったことはなかった。 なに学部の教授が教え子のだれだれと付き合っているという噂は結構大学でも立つがこの教授だけはその噂さえも立たない。 火のないところに煙は立たない。 可能性が少しもないから噂も立たないのだろうか。 「ねえ、先生」 この甘酸っぱい呼び方に教授は眉を潜める。 教授という肩書きの癖にそう呼ばれるのは嫌いらしい。 それでも間違っていないから訂正はしない。 「コーヒーのみにいきません?」 誘い言葉にオリジナリティーはいらない。 回りくどい言い方をすれば教授はするりとそれを交わすから。 交わされないように直球一本。 それが教授と一緒にいた私の処世術。 「コーヒーはここにある。別にほかのところで飲んだって変わらない」 「じゃあ、そのコーヒーを私のために入れてください」 私の言葉にいやそうに眉をひそめて、けれど律儀に彼はコーヒーを入れにいく。 ああ、だから好きだなと私は思う。 好きだといって半年。 あなたを見つめ続けて1年。 あなたに恋をして2年。 私はあなたの生徒にはなりたくなかったから、あなたの授業は受けなかった。 あなたの生徒になったらあなたは絶対恋愛対象になど入れてはくれなかったでしょう? 確かにあなたの生徒になるというのは魅力的だったけれど、それで満足できないから。 戻ってきた教授に私は艶然とした笑みを送った。 きれいだねといわれてることには慣れている。 合コンとかでは結構人気であることは自覚している。 けれど、教授からきれいだといわれたことはない。 案の定先生は不機嫌そうな顔でコーヒーカップを私のそばの机に置いただけで、すぐにさっきまで向かっていた論文に目を向ける。 「ありがとうございます」 私は形だけの挨拶に思いっきり気持ちを込めた。 この挨拶がこんな意味だったのだと知ったのは教授にあってから。 あれから私はあなたのおかげで毎日がまるで宝物のように過ごせるようになった。 「それを飲んだら帰りなさい」 教授はそう言って、私を空気のように無視した。 けれど私はそれに満足を覚える。 きっと私が明日来なかったら、教授は違和感を感じるのだろう。 きっともっと傍にいても教授は違和感を感じないだろう。 もっと傍にいるのが当たり前になればいい。 そして私がいないとき、その違和感の正体に気づけばいい。 空気のような扱いは、それだけ傍にいて自然だということなのだから。 現にあなたは肩の力を私の前で抜いている。 誰かが傍にいたら威嚇するように、おびえるように肩の力を抜けないあなたが。 それが私を付け上がらせているということに気づいているだろうか。 「ねえ、好きだよ」 私はいつもの言葉を口にする。 「愛してる」 これはけしてうそじゃないけど。 まるで冗談のように。 軽く受け流させるように。 「本当にすきなのよ?」 「お前の好きは当てにはならないよ」 ほら、あなたは私の言葉を無視するように勤めるでしょう? でも毎日言われているから、それなりに意識しているでしょう? 「ねえ、好きだよ?」 私の言葉にあなたは惑わされ続けるのね。 私の言葉に一喜一憂してくれたら、私は最高に幸せなのよ? 「……か?」 「え? なに?」 私は聞こえたはずの言葉を聞き返した。 だってそれはうれしすぎて。 私の勝手に作った空耳かと思ったから。 「本気でそう言っているのかと聞いている」 教授は憮然とした顔で、私をあきれたように見る。 でも気づいている? あなたの目が泳いでいることを。 それは動揺しているってことでしょ? やっと気づいたの? 冗談のように放たれた本気が。 私はにっこりと天使の笑みを浮かべて言った。 「もちろん、本気だよ?」 |