片翼の恋


12.
どうしたらいいか分からない。
誰か教えてください。
想いの忘れ方を教えてください。
恋の殺し方を教えて……。

あっという間に一週間がすぎた。
宇美は、あの日を境に永輝を徹底的に避け始めた。
そうしなければ耐えられない。
きっとあの瞳が自分を見つめてくれることなどないのに。
それでもよかった。
それでもかまわなかった。
それでも一番近いところにいる女は自分なのだから。
けれど……今は違う。
自分はただの妹にすぎない。
あの人の瞳には、違う女が映っている。
それに耐えられることができるほど、宇美は大人ではない。


宇美がリビングに行くと、永輝がソファーに座っている。
思わず逃げ出したくなる。
けれど、何の反応もない永輝を見て宇美は不審に思った。
なるべくさりげなく避けていたつもりだが、最近さすがに永輝は気づいていたらしくどうにか宇美と接触をはかろうとしていた。
なのに宇美がそばにいないようにしているなんて変だ。
宇美はそろそろと気づかれないように、永輝のそばによる。
すると、規則正しい息遣いが聞こえてきて、宇美は思わず笑いそうになった。
(なんだ、寝てたんだ)
宇美が永輝の顔を覗きこむと首を器用に傾かせながら寝ている。
そっと髪に触れるとくすぐったそうにその手を避けた。
次に頬に触れるとしっとりとした触感がする。
(こうやって見ると……綺麗な顔をしてるよね)
別に顔に惚れたわけではないが、宇美がそう思うぐらいには永輝の顔は整っている。
それはまるで、絵画のようだと宇美は思った。
そうだったらいいのにという願望がある。
そうだったら誰にもその絵を見せずに隠しておけるのに。
それができない。
そっと唇に指を這わせた。
むずむずと唇を動かす永輝。
くすぐったいのかその手を払いのけようとしている。
それでも眠っているのはまるで心許されているかのようで、宇美は少しほっとした。
でも言ってはいけなかったのかもしれない。
いくら永輝が眠っているからといって言ってはいけなかったのかもしれない。
言ってしまったら、歯止めが聞かなくなるから。
奈落のそこまで、想いを抱えて生きていかなければならないから。
けれど宇美は言った。それでも言った。
それでもいい、一生想いを伝えられないままならば。
そのほうがいい……。



「好きなの」


「お兄ちゃんが好きなの」


「愛しているのよ?」


「お兄ちゃんとしてじゃなくて……」


「一人の男の人として」


起きていたらいえない。
この関係を壊すことなどできない。
けれど……。








目を覚ましてもよかったのに……。








宇美は最後のきっかけを逃したような気がしてならなかった。


ぼんやりとあるいていると、後ろで声が聞こえた。
「……とうとう、あと一週間だな」
その意味がわからない宇美ではない。
宇美がはっとして振り返ると声をかけてきたのは拓海だった。
「……森下君」
「お前、本当にこのままでいいのかよ。俺は……」
「私は!」
何か拓海が言いかけたのを生みは自分が声を出すことで封じた。
それくらい、わかってる。拓海がなにをいいたいかぐらい。
けれど聞きたくなかった。拓海の口からは。
言いたくない。
そうすると拓海にもわかってしまう。
拓海と宇美の相違点。
でもわからせないといけないような気がした。
そうすれば、自分も少しは報われる気がした。
宇美は軽く深呼吸して、まっすぐと拓海を見る。
(あなたは知らない。私とあなたの相違点。だったら私自身が気づかせてあげましょう。それが私の恋した意味になるのなら)
「あなたとは違うの。立場も何もかも。ただ似ているだけなの。私が告白すれば何もかも失うわ。もう兄妹でいられない。恋人にもなれない。……でも……あなたはちがうでしょ?」


「あなたは何も失わないのだから……」


何も失わない。
告白すればきっと自分の恋は砕け散るだろう。
永輝がきっと拒否するから。
それに耐えられない。
そして兄妹にも戻れない。
仮初めではなれるけど、本当の意味ではなれない。
きっと意識してしまうから。
妹がそういう意味で兄を愛することを。
そうまでして、想いを伝えるべきなのだろうか。
宇美にとっても永輝にとっても。
それは違うような気がした。
けして表には出していけない想い。
何度も確認した事実。
宇美はけして永輝に告白なんてできない。


けれど、きっと拓海は違う。
たとえ返されなくても、受け止められるだろう。あの教師なら。
拓海の好きになった人ならば。
告白したからといってすぐに恋がなくなるわけではない。
それにきっと拓海とあの人となら、教師と生徒でいられるのだろう。
たとえ、受け止められなくても。
拓海は何もなくさない。
もしかしたら好転するかもしれないのに。
宇美は呆然としている拓海をおいて、学校へと走っていった。
けして拓海と目をあわせぬように。
そして、真実から目を逸らすように。


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