片翼の恋


16.
どうしてだかわからなかった。
でもかけてみたいと思った。
いったいどう返事されるのかわからなかったけど。
私は森下君を応援したいと本当に思った。

宇美は失恋した。
すごくあっさりと。
今までがなんだったんだというくらいにあっさりと。
そう仕向けたのは宇美自身。
いまだに完全に吹っ切れたわけじゃない。
けれどそれでもいいって思えた。
あの人には愛する人がいる。
自分は一生妹だ。
そう割り切れた。
あいまいな時期はなんだったんだと思うほど今はすっきりしている。
でも、悩むしかなかった時期がなければいいとは思えない。
あれがなかったら、きっと宇美はこんなにすっきりはしていないだろう。
あのあと、ずっと泣いていた。
ずっと拓海のそばで泣いていた。
それはきっと拓海には気づかれない涙。
気づかなくても良い。
ただ、そばにいてくれたことがうれしかった。


宇美は知っている。
そろそろ拓海が先生に告白するだろうと。
ああいわれたらきっとするに違いない。
拓海にとって自分はなんだったのだろうと宇美は思う。
そしてすぐ答えは見つかった。
きっと、起爆剤だ。
拓海が宇美の安定剤だったように、宇美は拓海にとって起爆剤になった。
そうあってほしいと思う。
それが拓海のためになるのなら。


「ねえ、相沢さん」
教科書をしまっていると後ろから声をかけられる。
後ろを見ると恵美子が何か言いにくそうに立っていた。
「どうしたの?笠原さん」
宇美は首を傾げた。
特に話しかけられる理由が見つからない。
「あのさ、放課後、拓海が音楽室の前で待っててほしいって」
「……音楽室……」
宇美は拓海がなにをしようとしているかぴんときた。
とうとう告白するのだろう。
きっと宇美を呼ぶのはけじめをつけたのを見せるため。
宇美が何かを考え始める前に、恵美子が意を決するような顔で宇美に聞いた。
「ねえ、相沢さん。あなた、拓海の何なの?」
「え?」
その問いが意外すぎて思わず恵美子を見つめる。
恵美子は少し困ったような顔をして、首を傾げた。
「だってそうでしょ?どう考えても私より拓海のほうが仲が良いのに何で私にそういうの?」
「……いいにくかったからじゃないかしら?」
「そう、それよ。何でいいにくいことをするの?二人って付き合ってるのかなとか思ったけど、そういう様子ないし、それでもいきなり仲良くなったみたいだし、どういう関係なわけ?」
「……どういうっていわれても……」
そういえばいったいどういう関係というのだろう。
ただの知人?
それにしては親しすぎる。
友達?
それも違うような気がする。
ただのクラスメイト?
それも少し違う。
ただ同じ秘密を持っていただけだった。
ただ同じ感情を持て余していただけだった。
そんな二人の関係はどういえばいいのだろう。
宇美は少し考えて口を開いた。
「……盟友かな?」
同じ気持ちをもっていて、支えあっていた自分たち。
それが一番ふさわしい言い方だと思えた。
「盟友?」
恵美子は首を傾げたが、宇美は何も答えず席から立ち上がる。
そろそろいこう。
拓海がそろそろ話しているはずだ。


「相沢!」
音楽室へ向かっているとまたうしろから声をかけられた。
よく声をかけられる日だなと思いながら、宇美は振り向く。
そこには岩本が立っていた。
「どうしたの?」
宇美はそう聞く。
岩本はいいにくそうにしながら、
「お前最近何かあったか?」
とこわごわと聞く。
宇美は岩本の鋭さに舌を巻いた。
さすが入学式以来の知り合いだ。
宇美の変化に気づいたらしく、岩本は頬をかきながらいう。
「まあ、なにがあったかわからないけど、なんかすっきりしたように見えたからさ」
「うん、なにかあったの」
宇美はそう頷くと空を見た。
その空は入学式と同じように晴れている。
「ずっと好きだった人に告白したの。だけど振られたの」
「……そうか」
それは人にとって告白でもなんでもなかったのかもしれない。
けれどあれは宇美にとって告白の答えだったから。
「まあ、でもいいふうに変わったんじゃねーの?変わったことにいいも悪いもないとは思うけどな」
岩本は宇美の頭を子供にするように撫でて、言った。
それはひどく暖かく、拓海を迎えるのに勇気をもらった気がした。
拓海の告白と同時に宇美の恋も終わらせると決めた。
そしてどんな結果でも笑顔で拓海を迎えようと決めた。
「あのね、私には一緒にいてくれた人がいたの。その人も好きな人がいて、私に勇気をくれたの。だから私も返さなきゃ」
宇美はとびっきりの笑顔でそう言った。
岩本は少しまぶしそうに宇美を見ながら
「本当に変わったよな、お前」
と少し笑うとさゆりを迎えに行くといって宇美とは反対の方向へ向かった。
宇美は気を引き締めると音楽室の前へいそいだ。
拓海の支えになるために。
拓海は自分にとって憧れであり、羨ましい存在であり、そして自分自身だった。
その拓海を迎えることができることがなんだか誇らしい気持ちになって、宇美は少し笑った。


そして拓海を音楽室の前で待つ。
暫くすると拓海が出てきた。
拓海の様子を見て、宇美は泣き笑いのような顔を作った。
これでこの恋は終わった。
そう思わずにはいられなかった。
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