片翼の恋


18.
泣きたいのだと宇美は直感的に感じた。
拓海の告白に耐えられるほど、心は強くなくて。
でも、とても強いと思った。
自分と同じはずだったのに、どこか遠くにいってしまったように感じた。
思わず宇美は拓海を抱きしめた。
そばにいることを証明したくて。
拓海の体温を感じたくて。
拓海はそうすると泣き出してしまった。
その涙が綺麗だと宇美は感じた。
初めて涙がこんなに綺麗なのだと思った。
涙がこんなに綺麗なものだなんて知らなかった。
気がつくと宇美自身も泣いていた。
どうしようもなく、この腕の中の存在が愛しいと思った。
自分を抱きしめているような気がした。
今までがんばってきた自分を。
今まで想いを押し殺していた自分を。
宇美はますます腕に力を入れた。
すると、拓海は涙の合間に言葉を挟んだ。


「ずっとずっと好きだったんだ」

「伝えられてよかったんだ」

「なのに……なんでこんなに辛いのかな?」


その気持ちは宇美と同じ。
宇美と拓海は今まさに共鳴していた。

押し殺してきた想い。

その想いは宇美や拓海の小さな体の中で膨らみすぎて。
泣きたいほど切なく、ナイフのような思いだった。
その想いは、宇美と拓海の心を切り刻む。
宇美と拓海は心に血を流させながらもその想いを捨てることなどできないでいた。
そしてその想いは崩れ去った。
そして空っぽになったまま器に苦しめられている。
海はますます抱きしめる力を強くする。

「大丈夫よ。そばに私がいるから。泣きたいだけ泣いて。私だけはそばにいるから」

それは宇美自身にも向けられたセリフ。
ずっと涙を流したかった。
本物の涙を押さえていた。
けれどそれももう終わらせていいんだ。
もう全てが終わったのだ。
ふと拓海の顔を見たくなり、腕をはずす。
拓海もじっと宇美の顔を見つめる。
宇美と拓海の顔はだんだんと近づいてきた。
宇美は拒むことの無く、目をつぶる。
そして何か暖かいものが唇に触れた。
触れるだけのキス。
そこには愛情とかそういうものではない何かがあった。
儀式のようなキス。
全てを終わらせた意味のあるキスのように思えた。
そしてそのキスが終わったあと、拓海も宇美も声を出して泣き始める。
どうせ誰も聞こえない。
音楽室も防音してあり、そこにいる人物にも聞こえない。
何もない空虚感。
全てが終わった達成感。
今までの想いの代償。
全てが混ざりに混ざって、それが涙に代わる。
二人とも、お互いを抱きしめあい泣く。
それが何よりの支えになった。
何かが変わったわけではない。
ただけじめをつけただけ。
まだ二人とも恋をしている。
そう簡単にはなくなる恋ではないのだから。
けれど、今まではずされなかった鎖から解かれたような気がした。
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