『あかがねの光が知るは』



 ふと、空を見上げるとああ、ここは故郷ではないのだと知る。
 どこまでも広がる空に、畏怖さえ感じる。障害物すらない、ただ、ひたすら澄んだ空に。
 世界が空で繋がってると最初に言った人は誰だろう。
 空はつながり、変化を見せる。その国にふさわしいように姿を変える。
 カメラにとりたい。この空の流れを。

「よし、今日はここら辺で」

 その言葉に、意識をよみがえらせる。
 さっきまで強い意志を除かせていたカメラが無機質な物体になる瞬間、自分の所有権が戻ってきた気がした。
 思わず深呼吸をすると、細胞が働き出す気がする。今まで何かで縛られてた時間を取り戻すかのように。

「お疲れさん」

 ぬれたタオルが綾彦に向かって投げつけられた。
 綾彦はそれを難なく受け取って、顔に当てる。
 ひんやりとしたタオルが日焼けした肌に優しく冷を与えた。

「近藤さん」

 そのタオルを腕に当てながら、綾彦は再び空を見上げる。
 美しい夕日が一日の終わりを告げる。おそらくもうすぐ、自己主張の強い星々が現れるだろう。

「この空、撮りたいですね」

 最後の力を絞るように輝く夕日を瞳に焼写すように、綾彦は空を熱心に見上げる。
 日本とは違い、その光を阻むものはない。
 だからか、その顔に降り注ぐあかがねの光はまるで祝福するかのように綾彦を包む。
 反射した光が、髪をいつもよりも赤く見せる。
 その中で、綾彦が願うのは――。

「確かに、世界中に見せつけてやりたいな」

 そう、この美しい情景を。
 カメラという自分の世界を垣間見せる道具を使い。
 目の前に広がる、自分だけの世界を見せてやりたい
 日本から見える空だけではなく、世界中の空を撮り尽くしてしまいたい。
 そして見せてやりたいのだ。世界の広さを思い知らせてやりたい。世界はこんなに広いのだということを。
 世界にはこんなに美しいものがごろごろあるということを。

 そう思うとき、少女の顔が浮かぶようになって少し笑えた。
 もし、手いっぱいに世界の空を集めたら、彼女は笑ってくれるだろうか。
 目を輝かせて、微笑む彼女が一番きれいだと思う。
 きっとこの空を見せたら、きれいに笑ってくれるだろう。
 いや、この空だけではなく世界の輝かしい全てのものを撮って見せてやりたい。
 きれいなものだけで構成されているわけではないのに、何でこんなにも美しく見えるのだろう。
 世界は徐々に変化していき、一秒たりともとまることを知らない。
 誰にもはばかることなく変化を続けるこの星の一瞬を切り取って。
 全てを目に焼き付けたい。
 そして、一緒に笑いあいたい。
 そのときは彼女と同じ空間で。
 傍で彼女の笑顔を見て。
 世界にはびこる美しさの渦を語ってやりたい。

 ともに世界の美しさを求めた同志へ。
 世界の美しさをともに知る支えてくれる戦友へ。
 世界が美しいと信じる少女へ。
 世界に醜いものがあると知っている少女へ。

 そして、今からそれらを知る彼女へ。

 それを見せたときどんな表情をしてくれるだろう。

 それがひどく楽しみでならなかった。




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