あなたを見つけたときに私は不幸な少年を見つけたのだと思っていた。 親を知らずに一人ぼっちで生きてきた不幸な少年を。 だけどそれは間違っていたのよね。 私が見つけたのは不幸な少年ではなく、これから幸せを見つける少年だった。 王子という言葉が似合う男がどれだけいるだろう。 目の前で広げられる撮影風景に、私はふとそんなことを思った。 新人の撮影にしては、結構大きな仕事だ。 なにせ、ジュエリーのイメージモデルなのだから。 けれどそれでも、どこか慣れた風なのはきっとこれまでいろんな人に振り向かれていたからだろう。 人にみられることを知ってる人は、自分の魅せ方も知っている。 その典型みたいなやつなのだろう。 そういえば、前に担当していたモデルも魅せ方を知ってたなーと思い、苦笑する。 そう、それは彼にとって処世術のひとつなのだろう。人間はきれいなものに寛大なことを知っていたのだから。 それ以外のマイナス要素を抱えていた子供が、だだ身一つで自分を守る術を必要としていた。 それでも中傷されただろう。傷つくことだってあっただろう。 それでも、彼は笑っていた。 痛みをなくしたわけではないのに。 傷つくことは誰にでもある、そう、このきれいな王子様にも。 本当言うと、そのキャッチフレーズを聞いたとき、噴出してしまった。 確かにこのモデルにはノーブルそうなイメージがぴったりだけれど。 この日本でどのくらいの人がプリンスという気恥ずかしいネーミングを飾ることができるだろう。 下手するとお笑いにしかならない。 けれど、このモデルはそのイメージにそった表情を作り出した。 このこをみて、王子といっても笑い出すようなやつはいないだろう。 いずれだれもが「ああ、そうか」と納得してしまえるようになる。 そんな魅力を彼は作り出した。 金髪の髪にブルーをおびた瞳。そのナチュラルな色合いはおそらく外国の血が入っているからだろう。 「俺、綾さんに憧れてるんです」 そういって、私をきらめく瞳をみせた美青年はきっと綾彦よりも有名なモデルになるだろう。 私はそう確信している。その力が彼にはある。そして彼も知っている。 けれど、それでも彼は綾彦に憧れているというのだ。 自分のほうがモデルとして、優れているというのに。 その真意について私は 「綾彦のようなモデルになりたいの?」 と聞いたことがある。彼は少し目を見開いたあと、くすりと笑った。そして、私に子供に聞かせるようにいったのだ。 「いいえ、彼と私は違います。彼のようなモデルになりたいわけではない。けれど、彼のような人間になりたいとおもいます」 その言葉に、私は苦笑しか返せなかった。 確かにモデルとしても人間としても、私は綾彦が好きだと思う。 けれど、やっぱり彼と綾彦は違いすぎて。 彼が憧れるようなやつではないのだ。そういうふうにやつが見せ付けていても。 王子の憧れる先輩モデルは今、海外にいる。 彼はそれを見て、喜ぶのだ。 綾さんが幸せそうだと。 そう、私は彼が幸せだと、喜ぶ人間を何人も知っていた。 彼は一人ぼっちなどではない。 人の顔色をみて、媚を売らなくてももう、彼自体を好きな人たちが大勢いるのだ。 それはきっと、処世術ではなく、彼自身の魅力。 彼が王子なら、きっと綾彦は自由を歌う野生児なのだ。 人が嫌いなわけではない。けれど、誰かよりも自分のために笑うほうがきれいだから。 その笑顔をじぶんのことのように喜ぶやつらがいる。きっと、綾彦自身よりも。 誰よりも自分勝手なくせに、誰よりも中心にいる。 誰よりも自分に正直に生きたいと。誰かに強制される生き方は真っ平だと。 そう語った自由を知らない少年が、今誰よりも自分に正直に生きている。 ハンデなど存在せずに、自分の将来の切符を手に入れようとしている。 楽しげに笑い、おもちゃをもてあそぶかのようにカメラと向き合い、けれど真剣な目でカメラを見つめた少年は、今、それを手にしようとしている。 だから私は、その傍観者でいたいのだ。 モデルとしての彼ではなく、浅川綾彦の人生の傍観者として。 ただ見つめ、彼の生き様を知りたい。 きっと浅川綾彦を見ていたら、誰もがそう思うだろう。 彼が生き抜いてきた過去に同情するわけではなく、彼の輝く未来をみたいのだと。 綾彦はそれを知らないでいい。ただ、綾彦が自分のために自分勝手に生きるさまをみてみたいと。 私はそう願う――。 もどる |