「お母さんはどうしていないの?」
「なんで、あのこはお母さんを待ってるの?」


 一番子供のころ聞かれるのが怖かった質問だった。
 もちろん、親を知っているやつらもいたけれど大半は親を知らずに育った。
 だから、わからない。
 捨てられたという感覚が。
 捨てられたと自覚できるのと、そうじゃないのはどっちが不幸なんだろうと俺はいつも考えた。
 ただ、ここの子供は特殊なんだ。そう大人の態度がいっていて、とても複雑だった。
 ただ、救いはそばに同じ環境の奴らがごろごろいたからだと思う。
 身内に近い他人。まさにそれだった。身内なんてどこにもいないやつらも多かったけど。
 誰もがここを追い出されたら生きてはいけない状況だった。誰もが幸せだと思えない状況だった。

 人類皆平等なんて、ありえない。
 ミサの時間、誰もが思っていたことだったと思う。
 ただ、神様はいて欲しいと思ったんだ。救って欲しいと思ってた。
 救いなんてあるはずがないという思いと同程度には――。


 でも、もしかしたら俺たちの神様は結構身近にいたのかもな、綾彦。
 ただただ、何も感じないふりをして笑っていたお前。ただただ、前向きに生きて、前意外をみないようにしていたお前。
 誹謗も中傷も、お前には関係ないように振舞ってた。誰よりも傷ついてたのはもしかしたら、お前なのかもしれないと思いながら。
 両親なんて知らないけど、どこかで生きてるのかな。
 そういって笑ってたけど、もしかしたら俺たちの仲間の中で一番両親を許してないのは
 お前なのかもしれないと思ったことが何度もあるよ。
 俺たちはどこかしら、親に対して強い感情を持ってたけど、
 お前はそれすべてを捨てたかのように「関係ない」という態度が逆に一番親を憎んでるんじゃないかと思ってた。
 だからこそ、自分の人生にかかわらせたくなかったんじゃないか、だから親がいなくても平気だと周りにアピールしたんじゃないか。
 だから心配だよ、綾彦。お前がいつか、子供が出来たときその憎しみを思い出すんじゃないかって。
 ちゃんと愛せないんじゃないかって。

 俺たち皆、その不安はあるけれど。でも、綾彦。お前に一番必要なのは友達でもなく、恋人でもなく、家族なんだと思う。
 俺たちは、仲間はたくさんいたけど。優しい大人たちもいたけど。
 家族をまったく知らないから、もう殆ど想像だけどさ。
 だけど、俺が手に入れた家族が家族なら言えるよ。
 家族って、”普通に”愛し合えるものなんだって。
 特別な理由とか、建前とか本音とか、思惑とか、同情とか。
 そんなものなくても、優しくし合えるものなんだって。
 好意とか、深く考えなくても助け合えたりするもんなんだって。
 ただ、そばにあるのが当然の存在で、ある意味とても贅沢で、時々見失ってしまうけれど。
 でも、綾彦。お前に一番必要なのはそういう”普通”の存在なんだと思う。
 今思えば、俺たちはあの時確かに異端だったんだ。一番愛し合える存在がそばにい
 ないっていうのは、ある意味とても不幸で、でもそれは乗り越えられない不幸じゃなかった。
 なあ、だから、あいつらが今幸せですごす権利はあるんだ。そして、お前にも。
 だけど、お前はたぶん愛することに臆病なんだと思う。優しくすれば愛することになるはずもないし、
 おまえ自身もかなりそういうのに無頓着だし。
 だから、祈るよ。そういうことに関してはいつもの器用さがまったく見つからないお前を、
 理解しようとする女性がいてくれることを。
 夢ばかりではなく、安息の地をお前が作ってくれることを。
 いつか、お前にも穏やかな幸せが出来ればいいと思う。そのときはきっと酒を飲もう。

「なあ、綾彦」
「なあに、またその写真集、みてるの?」
「ああ」

 うちのやつは、俺とお前の関係を知らない。
 まあ、あの施設を出てからお前と手紙のやり取りすらしたことないからな。
 でも、まあ、世界はつながってるし。いつか会えるだろう。
 お前に会いたければお前のでてるグラビアや写真集を見ればいい。
 俺に会いたければ、CDを聞けばいい。
 実は知ってるんだぜ、お前が俺のFANだってこと。
 まあ、お前も知ってるんだろうけどさ、俺がお前のFANだってこと。

「しかし、あいつも馬鹿やってんなー」
「何よー、まるで綾彦と知り合いみたいに」

 そういいながら笑ってるこいつをいつかお前にも紹介してやるよ。
 そのときのことを思いながら、お前の笑顔の写真をなぞった。
 あまり有名どころじゃないのがお互い様だし、仕事の愚痴とか話せるといい。
 過去のことではなく、未来のことを肴にしながら。
 そして笑いあおう。あのときのように。けれど、あのときより幸せそうに。
 ただ、”普通”の幸せの中で――。

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