「あなたはいつもずるいです」
 少女のふくれっつらに、なぜか心が騒いだ。
 じろりとにらんでくる瞳は子供であることを示してるのに、何でこんなに苦しいんだろう。
 そして、ふと気づく。時はとどまることなく過ぎるのだと。
 そして少女も、このままでいるわけではなく、いつか大人になって。
 ――自分置いていくのだと。
 みんなそうだった。いつの間にか疎遠になり、自分から離れてく。
 ずっとそうだった。だからこそ、特別なんてものはいらなかった。
 それは歴代の彼女ですら、同じで。
 自分にとって自分だけが……カメラだけが特別なのだと思いたかった。
 ものだったら裏切らない。自分も裏切らない。
 だから、それ以外はいらない。たとえ自分のそばから誰が離れても、それで幸せになるのならいいと。
 楽しければ、どこで誰がなにしてようとかまわないと。
 この少女だって同じだと思ってた。それが当たり前だと。
 大人になって、自分じゃない誰かを好きになって、そしてこれは淡い思春期の思い出となるのだと。
 かたくなに信じてたはずだ。それなのに、なんで。何でこんなに、心が騒ぐのだろう。
 まるで、子供が駄々こねるように。ただ、おいていかないでと……。

「なにやってるんですか?」
 綾彦がふと顔を上げると少女とはもういえない、まひるが笑ってる。
 その顔は美しく彩られるように化粧が施され、まるで少女時代を忘れたかのように大人っぽい笑顔で。
「おお、綺麗になったな」
 馬子にも衣装ってやつか、とは言わなかった。いったら絶対怒られると思いながら、全体を見る。
 桃色の着物は美しく、質の良さを表している。美しく結わえられた髪は顔をはっきりとみせ、改めてまひるが大人になったことを示す。
「当たり前じゃないですか。一生に一度の思い出ですよ」
 おかしそうに笑う顔は面影があるのに、表情を消すとで出会った頃のまひるを思い出すことは難しい。
 女は成長が早いという割りに、まひるは晩熟タイプだったらしく3年という月日は真昼を大人の女性にした。
 綾彦を空港で見送った少女は、大人の姿で綾彦の前に立つ。綾彦はそのときはこれがここまで長くなるとは思わなかった。
 すでに大人の仲間入りをしていた綾彦にとっての時間と、まだ青春真っ只中だったまひるの時間は同等ではなかったはずなのに。
 なぜか綾彦に愛想を尽かさず、ただただ食らいついてきた。
 たぶん気があうだろうとは思っていたけれど、ここまでとは思わなかったなと綾彦は思わず笑ってしまう。
 そして、そういう存在を自分のそばにいるとは思わなかったと。
「まあ、なんにせよ、綺麗に撮ってくださいね!」
 まあ綺麗にしか写らないとは思いますが、といつものひねくれたような正直なような発言は、あの頃とは変わりない。
 きっとまひるの本質が言動に素直に表れて、そのまま育ってきたのだろう。
 愛することも愛されることも拒絶してきた綾彦と、愛することも愛されることも得意なまひる。
 言葉どうり受け取ればきっと相性は最悪だった。けど、綾彦のわかりにくい、むしろわかってほしくないと願ってた愛情表現を簡単に拾い上げ、拒絶されても愛することをやめずにそれ以上の愛情を与えたまひるは綾彦にとって救いに間違いなかった。
「まかせとけ」
 綾彦が得意げに一眼レフのカメラを掲げると、まひるがうれしそうに笑みを深める。
「そうこなくちゃ!」
 まひるがいそいそと身支度を整えるとともに、綾彦は小さな包装された箱を取り出す。
「これも付けて、写ってみない?」
 そういうと急いだようにカメラの準備に取り掛かる綾彦に、その箱と綾彦を不思議そうに見比べてたまひるが意を決して、その箱を開けた。
 そしてその中から現れた化粧箱に一瞬目を見開き、そして思わず怒鳴った。
「こういうものって普通、雰囲気とか、気にしませんか!?」
「そうか?」
 飄々としてカメラを見つめながら答える綾彦に、まひるはさらに言い募る。
「こういうのって一生の約束でしょ!?」
「そうとは限らないぜ?」
「あなたがどういうつもりかわかりませんが、私は今回きりのつもりなんですよ!?」
「……すごいこというな……」
「……もういいです、綾さんにそういうことを求めた私が愚か者でした!」
「じゃあ、返す?」
「いいですよ! 返してだれかにあげられたらやですから! ……もらっておきます」
 怒ったようにいうくせに、大事そうにその箱を握り締めるまひるに、思わず顔が緩む。
「ふつうはこういうの、彼氏さんが付けてくれるはずなんですけどねー」
 とまひるはいやみたっぷりにそういい、だけどそれを要求することなく自分で付けた。
 そういうことに綾彦が無神経なのは知ってるし、それでもよかった。ただの儀式的なことだし、それよりも約束などが苦手な綾彦が、言葉には出さなかったとはいえそういうものをはじめてくれたことのほうが大事だった。
 そんなまひるに、綾彦はファインダーを覗き込みながら、いった。
「そういやいってなかったな。成人式、おめでとう……まひる」
 その言葉に笑った笑顔は、ずっと大事にされるのだろう。
 その写真がある限り――永久に。
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