真っ白な息。
 それは生きている証のようにまひるには思えた。
「綾さん」
 そう自分が呼ぶ声に、甘さを感じ始めたのはいつからだろう。
 彼は、まひるにとってよくわからない人だった。
 人形のように整ってるのに、しゃべるときはおどけて笑ってその顔を崩す。
 カメラに向ける視線は特別で、でもそれ以外の特別がなくて。
 まっすぐに見ているだけで、どきどきするような感じ。
 その視線の先にいるわけじゃないのに、その姿に心惹かれた。
 何度みても、その姿だけはかっこいいのだと意地っ張りな自分でも言葉に出せるくらい。
 彼は、カメラのことを愛してた。
 だからこそ、
「なんか、安心します」
「え、なにが?」
「冬が」
「冬〜?」
 綾彦の不思議そうな顔が、思わず笑えた。
「まひるは冬が嫌いなタイプだとおもってたけど」
「別に、好きでも嫌いでもありませんよ」
 あまり自分が興味外のことに頓着しないのは、綾彦もまひるも似てる。
 大事なもの以外は、「どうでもいい」に分類されるところ。
 だから、どれがすきとか嫌いとか言われても困る。ただ、
「冬は息が見えるから安心できます」
 あなたの息遣いが遠くからでもわかるから。
 近づいてはいけない真剣なまなざしの前にいなくても、あなたの息遣いがわかるから。
 だから
「冬は安心なんです」
 そういいきったまひるを綾彦は不思議そうにみていたが、だんだんとその表情は慈しむものに変わってく。
「まあ、俺も安心だな」
 こうやっておおっぴらに抱けるしねと、いつの間にか真昼の肩に綾彦の腕がかかり頬が胸板に押し付けられていた。
 こういうべたべたしたことを覚えたのは、いつだっただろう。
 いつだって綾彦は口ではいろいろ言うけれど、触るのはまるで怖がるみたいに優しい触り方しかしなかった。
 それでさえ、すごく稀で。でもいつの間にか、綾彦はまひるに慣れていった。
 それがまひるにとってどれだけ望んだのかは、きっと綾彦には一生わからない。
「もう、綾さん!」
 そういいながら、まひるはそれを振りほどこうともやめさせようともしなかった。
 ただ、頬の赤さは寒いからだとこの綺麗な人がおもえばいいと、そうおもった。

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