きっとこの体温は、私を幸せにしてくれる。 「いっとくけど俺は好きでもない人にキスを送らないし、嫌だったらいやだって言うよ? 第一妹だと思っていたら亜里沙に怒られる」 女を何だと思ってらっしゃるのですかってね。 わざわざ口真似してみせる赤坂さんがおかしくて、私はクスリと笑った。 赤坂さんもにこりと笑ってくれた。 「本当はずっと悩んでたんだ。君はまだ幼いのにこんなふうに縛り付けて良いのかって」 「私は……」 私が反論しようとすると、赤坂さんは私の唇に自分の指を当てて黙らせた。 「だけど、それでも李歩を手放せなかったんだから、その答えは出てると思わない?」 「え?」 李歩をどうしようもなく愛してるってことだよ。 優しく耳元でささやかれた言葉。 思わず涙があふれそうになる。 だけれど、いつもの涙とは違う涙。 暖かさに酔いながらもどこかに絶望を感じていたころとは違う。 そっと背に手を回すと更に心臓の音が大きく聞こえてきた。 上を見上げると微笑んでいる赤坂さんの顔がある。 そっと目をつぶると優しい暖かさが顔中に散らばる。 ああ、この人の温度だ。 皮膚からそれが伝わる。苦しいときもさびしいときも包んでくれる、優しい私の好きな体温だ。 その温度が何よりも心地よくて、ここにいれば安心できた。 唇から伝わらないかと思っていた想い。 だけど、伝わらないと思っていたのは私だけだった。 愛してる。 貴方のことを愛してる。 そんな想いが、私の胸に存在していた。 だけど、それが私だけだと思っていたのは間違いだと知らせてくれた貴方。 貴方が好きだ。 好きで好きでたまらない。 何も言えずに赤坂さんの肩口に顔を埋めた。 一方通行ではなかった想いに幸せを感じる。 この人の傍にいられるなら何でもしようと思っていた自分。 どんなにののしられようとも笑っていようと思っていた自分。 だけど本当はそんなに強くなくて。すごくすごくもろくて、欲張りで。 貴方にだけはそんな汚い部分を見せたくなくて、背伸びして。 それでも想いを返してくれた貴方が好きだ。 「あのね、赤坂さん。不安だったんです。ずっとずっと不安だった。本当は高藤さんや高橋さんみたいな大人の女の人の方が良いんじゃないかって。本当は私じゃないほうが幸せになれるんじゃないかって」 「李歩……」 初めて吐く弱音。 だけど今は不安なんて感じない。 だって伝わる体温が教えてくれる。 この人は私を見放さないって。 だから安心して伝えられる。このときだけは、弱い自分でいられる。 「だけどね、どうしても離れたくなかったの。貴方の傍にいたかった。だから笑ってようと思ったの。どんなに苦しくても笑って、幸せにできない代わりに重荷にはならないようにしようって」 「……ばかだなー、李歩」 赤坂さんは微笑んで私の頭をなでてくれた。 やわらかく、静かに笑ってくれた。 「重荷になんてならないよ。俺はつぶれるほどやわじゃない。それよりも嬉しくないのに笑ってる李歩を見るほうがつらいよ? 李歩に笑っていて欲しいと思ってるけどね、心からの笑顔じゃないと意味がないだろう?」 一つ一つ弱音を否定してくれる赤坂さん。 やわらかく抱きしめてくれるその腕に身を委ねた。 「こんなことじゃ亜里沙に怒られるね、赤坂家の長男が婚約者を不安にさせるなんて何たることってね」 あいつは傾倒しすぎてるからな、この家に。 困ったように微笑んだ赤坂さんがなぜかとても綺麗に見えた。 いつもよりも美しく、いつもよりも愛しくて。 暖かい、この腕で包まれて生きていけたら幸せだ。 「私も亜里沙さんに負けないように、がんばります。貴方の隣が似合えるようなるように」 「俺は今のままの李歩が良いけど」 そういって頬にキスをしてくれる。 そのじかに感じる唇の感触がくすぐったい。 ゆっくりと静かな時が流れる。 愛しくてたまらないというのはこういうことをいうのだろう。 愛している。そんな言葉もこの想いの中ではかすんでしまう。 私はきっとこの人を失ったら生きていけない。 心が叫び声をあげて、この人を呼び続けるだろう。 前は依存しているようで嫌だった。だけど今はそんな自分さえも愛しい。 私のこの高揚が伝わればいい。 そしてこの人にうつればいい。 体温を介してこの人に私の想いが少しでもうつるように。 「そういえば、何で高橋のことを知ってるの?」 今思い出したかのように名前を出してきた。 その言葉にちょっと迷ってしまう。 言っても良いのだろうか。あの人はこのことを知って欲しいと願っているのだろうか。 ……ううん、ちがう。これはかってな嫉妬だ。 言わなければならない。この人の前で嘘はつきたくない。 「高藤さんを見かけたときに知り合ったんです。……良い人でした」 「ああ、そうだね」 その返事にじくりと心が痛む。 けれど、赤坂さんはそれにかまわずに続けた。 「素敵な人だと思うよ。彼女は亜里沙とはまた違うけど自分の家を大事にしながら、そういうことに惑わされないで自分の価値観で生きていける人だと思う」 「そういうこと?」 私の疑問に赤坂さんは頭をなでながら答えてくれる。 「家柄とか財産とか地位とか。俺のことも赤坂家の長男としてじゃなくてちゃんと赤坂宗哉としてみてくれていたと思うし。だから断るときは申し訳なかったと思ったよ」 「……え?」 私はそのとき変な顔をしていたと思う。 だって、赤坂さんが高橋さんの気持ちに気づいてたとは思わなかったから。 困惑している私を見て、赤坂さんはクスリと笑った。 「俺はいっとくけどそんなに鈍くもないよ。それとも李歩は俺がそっちになびくと思った?」 その問いに恐る恐るうなずくと、困ったように赤坂さんは笑った。 「そうか、だからいつもより不安そうだったんだ。ごめんね、気づけなくて」 その言葉に私は必死で首を振った。 貴方のせいじゃないと伝えたくて。 不安になったのは貴方を信じていられなかった、自分を信じ等れなかった私のせい。 だから謝らないで。 そういいたかった。 だけど、言葉にできなくて。胸がいっぱいで何もいえなくて。 赤坂さんの背に回した腕にぎゅっと力を込めた。 「大丈夫、安心して。俺はここにいるから」 ずっと李歩の傍にいる。 そう優しくささやいてくれる赤坂さんの声は耳に心地よく届いた。 人形で良いと思っていたあのころ。 どんな茨の道でも歩んでいこうと思っていたあのころ。 同じ意味で愛されなくても、ずっとこの人の傍にいようと思っていたあのころ。 私の思いは今でも変わらない。 この人が一番好きで、一番愛している。 だけど、あのころと決定的に違うのはいま、私はこの人を信じている。 愛してるといわれて信じられなかった。妹と同じような意味で愛されているのだと思っていた。 だけど、それを優しくこの人は否定してくれた。 あのときの私が祝福してくれる気がした。 「ところでさ」 キスの合間に赤坂さんがささやいた。 「そろそろ名前を呼んでもらっても良いと思わない?」 それは甘い提案。 |