夏の花束 あなたを愛しています。 大きな花束をもって言われて見たい言葉だと佐奈は思った。 確かドラマで紳士的な人が女にそう言うのだ。 そして女はそれを涙を流して受け取ってHAPPY END! そして今も佐奈はそれを憧れている…… 「……ばっかじゃねーの?」 信二が一刀両断にそう言った。 しかもランニング姿で、スイカの形をしたアイスを銜えながら。 ものすごく呆れかえった目で佐奈を見ている。 佐奈はそんな信二を憎々しげに睨んだ。 「あんたね、彼女の夢くらい叶えなさいよ。あんたは私の何?」 「確かに俺はお前の彼氏だが、そんなばかげた計画に付き合うほど暇じゃない」 佐奈は信二の答えにさらにむっとしたらしく、もういいと言いながらそっぽを向く。 信二はまずったかとは思ったがフォローできるほど大人ではない。 それとなく、気まずい雰囲気があたりに広がる。 ただでさえ不快度数の高い暑っ苦しいこの部屋でイライラしているというのに。 きっと佐奈の頭の中では「これ以上私を怒らせたら別れてやる」とか思ってんだろうな、と信二は自分を団扇であおぎながら思った。 佐奈と信二は付き合ってはいるが、甘い空気になったことなどない。 大体付き合ったきっかけでさえあいまいだ。どちらからも甘い言葉など出たことはなかった。 ただの友達の延長線のような気がするこの関係。 まさに腐れ縁……。 「もういいよ〜だ」 佐奈は半分怒りながら、かばんをひっつかんだ。 そして部屋のドアを勢いをつけて閉じる。 バタン! それこそ下の住人に迷惑なくらいの大きな音を立ててドアは閉まった。 信二は少し呆れたような顔をしながら、ドアをずっと見つめていた。 「まったく!信二ったら乙女心がぜんぜんわかっていないんだから!!」 佐奈はバック自分のベットの上に思いっきり放り投げた。 そして自分もそこに座る。 座ったついでにねっころがる。 大体あの信二にロマンスを期待したほうが悪かった。 佐奈はそう思いながら、手元にある雑誌を眺める。 しかし、内容はまったくといっていいほど頭に入ってこない。 大体何度も読んだ雑誌では暇つぶしの道具とさえなりはしないだろう。 それは佐奈がイライラしているからなおさらだった。 「……別にそうしてほしいとか思ったわけじゃないんだけど……」 佐奈はなんとなくそう呟いた。 佐奈は信二にそういうことを期待するほうが馬鹿だと知っている。 しかし、そう思ってしまうのが乙女心という奴ではないだろうか。 別に花束なんていらない。 あなたを愛していますといってほしいわけじゃない。 紳士的にしてほしいわけでもない。 ただ、甘い雰囲気になりたい。 普通の恋人のようにどきどきしたい。 そう思ってはいけないのだろうか。 「いけないわけないじゃない!!」 思わず佐奈は叫んだ。 下から弟に「うるさい!」いわれていることなど知らないで。 とにかく思いっきり叫んだ。 ついでにそばにあった枕を投げた。 その枕はぽすっという情けない音と共に壁に激突した。 「花火大会に行かないか?」 そういわれたのは夏休み直前。 そのときに待ち合わせ時間も場所も決めた。 けれど、喧嘩中の約束は有効だろうか。 (……有効なんだろうな。向こうはぜんぜん本気にしてないし!) 佐奈はそう憤りながらも待ち合わせ場所へ向かった。 勿論時間厳守で。 しかも浴衣をちゃんと着て。 待たせられる性格ならば待たせてやりたいが、生憎佐奈は時間に煩かった。 自分の時間の正確さを嘆きながら、時間ちょうどに待ち合わせ場所に行く。 信二は佐奈より早くきていたらしく、片手を挙げて挨拶をした。 「よう」 「……」 「まあ、今日ばかりは休戦しよう。夏に一度の花火なんだからよ」 佐奈はなんとなく不満に思いながらも信二の言うとおりに一年に一度の花火大会なのだ。楽しまなければ損だ。そう思って、何気なく信二の腕に腕を絡ませる。 信二は思いがけないといった様子で佐奈を見たが、佐奈はそれを気にしない。 少しぐらいカップルを楽しんだっていい。 そう思ったうえでの行動だ。 信二にだって邪魔はさせない。 「で、どこで見るのよ」 佐奈は会場に着いたとたんそういう。 出店に提灯。 ありきたりな夏祭り。 しかし、このときだけは皆が熱狂する。 毎年あるのに。一年に一度だと皆が思っているに違いない。 佐奈はこのお祭りの雰囲気が好きだ。 毎年わくわくしながら待っている。 けれど、信二はあまり好きではないといっていた。 それなのになにを考えて自分を誘ったのだろう。 誘われたときから、佐奈には不思議だった。 信二は騒ぎを見て眉をひそめながら 「いや、川原のほうへ回ろう」 という。 ここは公園の近くで、川原の方にはほとんど人がいないはずだ。 花火などを見るだけなら申し分ないが、人気が少なく花火もこちらのほうがよく見えるためここに来る人たちがほとんどなのだ。 佐奈はますます首をかしげた。 そういうのなら、なぜ花火大会になんて誘ったのだろう。 わざわざ見えにくいところに誘って。 大体危ないではないか。 「……お前、今危ないとか見えにくいとか考えただろう」 信二は少し茶化すように佐奈のおでこをつつく。 そのしぐさがまるで子ども扱いされているようで、佐奈はむっと信二を睨む。 「そう考えるのは妥当でしょ?大体なんで……」 「まあ、ついてこいって」 「……」 いつもより強引な信二を佐奈は不審に思ったが悩んでいても仕方がない。 佐奈は黙って信二についていった。 「嘘……」 佐奈は目の前の光景が信じられない。 花火がどーんとなっている。 しかも公園で見るよりよく見える。 それも人がいない。 こんなところがあったんだ。十数年ここにいるのにまったく気づかなかったわ……。 なんとなく悔しい。 そう思いながら、そっと信二の横顔を見る。 きっと得意そうな顔をしているんだろうなと思いながら。 しかし、予想に反して信二は真面目そうな顔をしている。 しかもこちらを見ながら。 「……何よ……」 思わず反抗的な態度をとる佐奈。 信二の瞳が自分を移しているかどうか不安になる。 そういう真面目そうな顔なんてほとんど見たことがなくて。 その視線に気づいたのか、信二はにっと笑って佐奈の頭を撫でる。 「?」 佐奈が不思議そうに信二を見つめる。 信二より佐奈のほうが身長が低いから自然に見あげる格好になる。 信二はそっと佐奈の頬に触れる。 「俺、お前のこと愛しているよ」 あまりに突然の告白。 突然すぎて佐奈の頭がついていかない。 「な、ななな、何でいまさら……」 佐奈がどもりながら信二の顔を見る。 信二は少し照れたように視線をはずした。 「……まあ、お前の夢なんだろ?」 最初は何を言っているかわからなかった。 そして喧嘩の原因を思い出すととたんに佐奈の顔が真っ赤になる。 しかし、やられっぱなしじゃつまらない。 そんな佐奈の精一杯の反抗。 「な……なんでそうなるのよ!だって、だって信二はぜんぜん紳士じゃないし、丁寧口調でもないじゃない!それに両手に抱える花束がない!重要アイテムよ!花束は!」 そう言っても佐奈の顔の赤さは収まらない。 信二は少し考えて 「紳士的ってーのは性格的に無理だろ。そんな俺を想像できるか?」 と佐奈に問う。 佐奈は少し考えてから首を振った。 そんなの信二じゃない。そういう人と付き合った覚えもない。 信二は納得したように頷くとさらに続ける。 「そして花束は……けっこう恥ずかしいんだよ。だからあれで我慢してくれ」 信二がそう言ったとたんどーんとすごい音が辺りに響く。 佐奈が振り向くとそこには大輪の花火。 ぴゅーと特有の音を立てて昇っていく花火。 そしてどーんという音と共に大輪の花を咲かせる。 たった一瞬の夢のような、それでも現実の花を。 「……これなら満足だろ?」 信二のにっとした笑顔に佐奈はしぶしぶ頷いた。 確かに花束ではない。紳士じゃない。涙を誘う感動もないけれど。 信二に負けるようで嫌だったけれど。 それよりも花火がとても綺麗で、綺麗でしょうがなかったから。 それに信二の精一杯の気持ちを表しているようだったから。 その不器用さがとってもうれしかったから。 その不器用さに負けたわけではないけれど、引き分けくらいにはしておこうじゃないか。 この夏だけの花に免じて。 END ノベルトップ |