どうしてこんなに輝けるんだろう、女の子って。


 来た道を帰すのはきっと来た道よりも長い道のりだ。
 こんなに遠かったんだ。成田。
 よくそこまで持ったな……俺。間に合った俺もすっげーよ。
 そう自画自賛しておく。
 もう退院した由菜にちょっとしたお土産を買っていく。
 いろいろあって目移りしたけど、結局家族用のお菓子で手を打った。
 そしていきいきようようはさすがに行かなくても、それなりに笑顔が作れるようになった時に家に入る。
「由菜、ただいまー」
「お帰り……急にどこか行くからびっくりしちゃった」
 そういう由菜はどこか心配そうに俺を見る。
 多分いつかはばれちゃうんだけど、このときは笑顔でごまかせるかなと笑顔に気合を入れた。
 だって、入院したばかりの由菜に心配かけたくないし。
「ほれ、お土産ー。成田空港のお菓子だぞ」
 そういって土産を渡すと由菜は不思議そうな顔をした。
「何で成田空港? ……もしかして……」
 そうだよな、ばれちゃうよな。
 秘密はなしって決めてるから由菜には全部話していたから、当然志津子さんの留学話も聞いていた。
 その上出かけにあっちゃったらぴんときちゃったんだろうな。
 由菜って結構勘が良いから。
「ピンポーン。とうとう志津子さんはアメリカにいっちゃいました」
 そう明るくなんでもないように答えて見せるけど……駄目だろうなー。
 案の定由菜は本当に心配そうに見ている。
「何で追いかけないの?」
 由菜がそう聞く。
 多分こういうことじゃなければ追いかけるってことが一番俺らしいだろうし、俺に一番近い由菜がそう考えるのは不思議じゃないけど。
「おいかけてなんともなるもんじゃないしなー」 
 この子は一人にしちゃいけないから。
 俺の大切なプリンセス。だからもともと追いかけるなんて視野に入れてなかった。
 それは由菜が重荷とかじゃなくて、ただつなぎとめてくれてるだけ。俺が遠くに行って迷子にならないようにと。
 だけどそういうと由菜は傷つくから。
 多分志津子さんが俺を傷つけたくないように俺も由菜を傷つけたくない。
 ただしあわせに笑ってくれればそれで良いよ。
 ……それは志津子さんへの愛とは違うけど。
「だけど……」
 由菜は困ったように眉を下げる。
 それはきっと由菜が自分をそう責めているしるし。
 ごめんね、由菜。お前が思い悩むことなんてないのに。何も罪悪感を感じる必要なんてないのに。
「俺は俺のために残ったの。大体高校を中退したってどうもできないし。それにそれじゃあ志津子さんに迷惑かかるしね」
 だからかんじなくて良いんだよ、罪悪感なんて。
 そんなものよりも笑顔でいてほしいんだ。
「だけど、だけど、お兄ちゃんは私がいなかったら追いかけてたでしょ!?」
「そんなことないよ。大体俺はお前がいたから今の俺なんだから比較すること自体馬鹿げてる」
 そう、由菜がいなかったら今の俺はなかったと断言しても良い。
 だって、俺の宝物の中で一等輝いてるのは由菜なんだから。
 由菜のいない人生なんて今の俺には考えられない。
「でも……」
 何かを言おうとする由菜を止めた。もう自分を傷つける言葉はこの唇から出してほしくない。
「由菜、俺は自分で決めたんだよ。だから気にすんなって」
 それに……
 すると急に携帯がなりだした。
 いったい誰からだろう。
 表示を見て少し驚いた。それくらい珍しい人からだった。
「はい、もしもし、こちら師原」
 そう今の気分を飛ばそうとおどけてみせるとそちらさん側はそれどころじゃなかったようだった。
『師原、あんた志津子さんの連絡先知らない?』
「は?」
 江原は早口でそういうのに俺は頭がついていかなかった。。
 いや、良いけど志津子さんに何の用なんだろう。
 いらついたのか江原の声がだんだん低くなり大きくなる。
 なんか江原らしくないなー。
『連絡先よ!』
「連絡先って……何かあったのか?」
 そう聞くとすぐに返事が返ってくる。
『アキ兄が逃げたの! むかつくから追いかける!』
 ……なるほど、納得納得。
 なんか江原らしいっていうか、こう変わらせるのは相楽っちなんだなっていまさらながらに思ったっていうか。
 だけど……志津子さんの連絡先ね……。
 だけど本人今空の上だしなー。
「ああ、でもな……」
『何なのよ!』
 説明しようとするときれかかった声が切り返してきた。
 まじで怒ってるなー、江原の奴。
 ま、いいか。
「いいか番号言うぞ」
 そういって志津子さんに渡された数字の列を読み上げる。
 だけどさっきまでと違って反応がすぐに返ってこない。
 もしかして気づいちゃったかな?
『もしかして志津子さん……』
「ああ、まだ出たばかりだからこの番号繋がらないかもな。相楽っちの居場所かー……」
 今すぐ知りたいなら志津子さんにかけても無駄だし、俺も相楽っちの居場所に心当たりなんてないしなー。
 そんなこと考えていると、江原の怒鳴り声が鼓膜を揺さぶった。
『それって国際電話じゃない!! 志津子さんが行っただなんて聞いてないわよ!』
「だっていくって言ったじゃん」
 まあ、知ったのがついさっきで送り出してきた直前だってことは言わないでおこう。
 だけどそんなに驚くことかな? 俺としたら相楽っちの家出のほうが急すぎるって感じなんだけど。
『ごめん……聞く人間違えたかも……』
「は?」
 そうしょげた声で江原はつぶやく。……本当になんで俺の周りは由菜といい江原といい、必要以上に人を気遣う人たちが多いんだろ。
 そんなこと、お前達のせいじゃないのに。
 だからずっと落ち込んでなんていられないのにさ。まあ、だからここは心地よいんだけど。
『気にすんなよ。それより今は相楽っちだろ?』
 そう、俺は行き場所は知ってるんだから。
 同じような行動とってたって志津子さんのほうがまだましだよな。
 いきなり家出って、相楽っちいくつだよ。
 まったくもう、世話の焼ける担任なんだから。
『師原、あんたはどうするの?』
 電話先に江原の声が聞こえた。
 これからの事を聞いているんだろう。
 しかし、どうしようかね。相楽っち探すにもどうもこうもできないし……。って、そういうこと聞いてるんじゃないか、江原は。
 俺は……結局何もできないよ。由菜が大切だし志津子さんの迷惑になるし、今動くことなんてできない。
 だけど……
『師原、あんたはどうするのよ』
 泣きそうな声で江原が言うから。なんとなく最後の志津子さんの姿がだぶったみたいで。
 自然と明るい声が出た。
「大丈夫だよ、そんな不安な声出さなくてもさ」
 そして一呼吸おいて、宣言する。
「言ったろ? 俺は諦めないって。どんなに傷ついても平気だって」
 それを思い出させたのは江原、お前だろう?
 さっきまで傷ついていたのに、今度派も上原を慰めるほうになっていて。
 それがそのまんま俺の慰めになってるなんて江原気づいてないだろう。
 だから今度はお前の番だよ。一緒に立ち上がろう。
 座ったままは確かに楽だけど、そんなに簡単に諦められるものなんて持ってないだろう。
「お前はさ、ちゃんと前を向いてる。それが行きつく先なんて俺は知らないし無責任な発言は出来ねーけどさ、俺相楽っちとお前が一緒に並んでるところ好きだぜ」
 そう、その二人が好きだった。だから相楽っちも江原も幸せになれるんだってこと、疑ったことないんだから
 どんな顔をしているかおまえ自身に見せてやりたいよ。
 こんなにも、綺麗な顔してたんだって絶対に驚くからさ。
『何よ、そんなところ見たことないくせに』
 そう憎まれ口をたたく江原に少し笑えた。
 お前は俺の観察眼なめてるよ。確かに桑田ほどじゃないけどさ、俺も結構お前の傍にいたんだぜ。
「確かに二人で話したところは見たことねーよ。高校でも話さないしさ。でもちょっとすれ違う時とかお互いに意識してんのすげー分かったもん」
 だからこそ、特別に見えた二人の関係。だけどもしかしたら、俺と志津子さんと不安定さは変わんないのかもしれない。
 持たなすぎるのも持ちすぎるのも考え物だよな。
『ねえ、師原。私さ、今すっごく惜しいことした気がしてる』
「は?」
 幾分か元気になった江原の声。聞いててやっぱり安心する。
『私、あんたのこと少し好きだったかもしれないわ』
 そういわれてなんとなく心の中が暖かくなった。
 笑いが自然にこみ上げてくる。
「なんだよ、それ?」
『私さ、あんたを好きになったら幸せになれたと思うのよね』
 そういう江原の声は確かに笑っていて俺もほんのり幸せ気分になる。
「まあ、俺もお前となら楽しく付き合えたと思うよ」
 もし、志津子さん以外に惹かれたのだとしたら多分江原なんだと思う。桑田のほうが近くにいる感じはするけれど、やっぱり目で追ってしまうのは江原のほうで。
 多分付き合えたならきっと楽しかったと思うんだ。
 これでも江原は結構愉快な奴だしさ。
 だけど……。
「でもやっぱりさ、俺は幸せのために志津子さんに恋したわけじゃないから結局お前じゃ駄目だったよ」
 だって愛しいとこんなに思えたのは志津子さんだからで。
 こんなに夢中になれたのは志津子さんだからだ。
 胸が心拍数で破裂しそうになったり、頭の中真っ白になるくらい緊張したり。
 それは全部志津子さんだからだ。
 だからそれ以外は違うものなんだ。
 江原のことは好きだけど、恋愛感情の好きじゃないから。
 だから、駄目だよ。
『私もあんたよりアキ兄のほうが心配だから付き合えないわね』
 お互いを選べてたらし合わせになれたのに、俺達の心は別の道を選び取った。
 それが茨の道でも後悔しない。
 その人じゃなきゃ駄目だなんて思えるほど、愛しく想う相手を見つけた幸せに酔ってしまっているから。
『じゃあお互いにね』
「頑張ろうじゃないか」
 そういって、電話を切った。
 江原の戦いはこれからなんだからがんばれよ。
 俺もがんばるからさ。
 まだ諦めるのは早いよ。俺達若いんだもん。
 絶対そっちのほうが卑怯な大人たちより有利なんだから。
 それで、最後には俺達が笑うんだってこと見せ付けてやろうじゃないか。
 
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