あんたがそこまでするなんて思わなかったわよ。
 そういったのは桑田。
 がんばれ。
 ただ一言、そういったのは江原だった。
 そして慧治は無言のまま、背中を押してくれた。
 行ってきます。俺の夢をかなえるために。


 この俺が由菜に心配されるくらい勉強したといったら誰が信じるだろう。
 はっきりいって一年の担任は信じなかった。悪い病気にでもかかったかと心配までされた。
 それくらいの激変振りだった。
 まあ、それは仕方ないんだよね。それまではっきりいってあそこには入れたのは奇跡だったんじゃないかってほど成績は底辺を這ってたし。
 だけど二年には真ん中ぐらいになって、三年の終わりぐらいには前から数えたほうが断然早くなったんだから俺ってがんばりやさんだよねって自分を褒めてやった。それくらいは良いよね?
 飛行機の中で俺は心の中でそう願った。
 きっとこの後すぐに江原も飛行機に乗ったんだろう。
 あいつもすごい行動力で、N大にいきながら相楽っちのいる島をよく訪れているらしい。
 同じ県内とはいえ、島と本土では行き来も大変だろうに。
 それでもあいつは楽しそうだったから良いかなと。
 江原は昔よりも楽しそうに笑うようになった。多分、相楽っちの前でも笑えてるんだろう。
 まあ、あの二人の遠慮しあうところはまだ変わってなかったみたいだけど。
 桑田と慧治は地元の大学に進んだ。学科は違うんだけど、もしかしたら友達になれるかもしれないなと思った。
 あの二人が友達になったら……、俺、ますます立場なくなるような気がするのは何でだろう。
 いや、一人一人でも大変なのに二人が手を組んだら……、恐ろしいことのようなきがするー!
 相変わらず俺はあの二人に弱い。二人が正論しかぶつけてこないからなおさらだ。
 あの二人に口で勝った事さえなかったのに……!
 なるべくその大学には近づかないように、二人別々に会うことにしよう。
 俺をいじめることで気が合いそうなところが怖い……!
 由菜は高校生になった。
 もともと可愛かったけど、ますます美人になったよ。うちの妹は。
 体もある程度丈夫になって、あんまり心配しなくても大丈夫だって長年お世話になってる先生に太鼓判を押された。
 一回手術もしたけれど、その後の経過も順調で。
 それに父さんも帰ってきたし、もう俺が守らなきゃいけないお姫様じゃなくなった。
 それは少しさびしかったけど、きっとこうならなきゃ口でどういっても俺も行動できなかっただろうからまあ、いっか。
 そろそろ寝よう。どうせ向こうにいったらいろいろしなきゃならないんだから、今のうちに眠らなきゃ。
 ねえ、今日は貴方の夢が見れるかな。
 ずっと、大切にしまっていた貴方の姿が見れるかな……?


『初めまして、キョーゴ』
 ホームステイ先のマーガレットことマギーさんが快く迎えてくれた。
 父さんがお世話になった人で、俺のことを話したら快くホームステイさせてくれることになったらしい。
 ちょっとドキドキしながらつたない英語を話していく。
『初めまして。よろしくお願いします』
 ウワー、伝わったかな?
 とりあえず英語はめちゃくちゃ勉強したし、試験も受けたけど外国で話したことなんてないからなー。
 なんか、向こうの外国人の先生なんかは日本人の英語聞きなれてるしさー。
 もうドキドキもんだよ!
 マギーさんが答えてくれなかったらどうしようーと思いながら、返事を待つ。
『ええ、よろしくね』
 そう答えてくれたことの喜びはここにいる奴しかわかんない!
 伝わったことにほっとしながら、自分の荷物を持ってマギーさん宅に向かった。


『こんにちは、キョーゴ。よろしく』
 マギーさんの家は広かった。
 ついたときに思わず声を上げてしまうくらいに。
 とにかく土地が広い。庭が広い。
 そして息子さんの背も高かった。……俺、結構伸びてたはずなんだけど。
『こんにちは、マイケル。初めまして』
 背の高い息子さんが差し出した手を握る。
 やっぱりこっちの男ってこんな規格外なのかなー? それともマイケルが高いだけ?
 ちょっとした対抗心が生まれたことは内緒だ。
『マイクで良いよ。みんなそう呼ぶ』
 そういうマイケルは……マイクは爽やかだ。このままビールとか歯磨き粉とかのCMに出てもおかしくないよ。
『君の部屋を案内するように言われているんだ。こっちだよ』
 マイクはフレンドリーという言葉がぴったりの笑顔を浮かべながら、俺の荷物を持ってさっさといく。
 俺もそれにてけてけとついていった。
 そして通された部屋は庭が一望できるらしく、窓の外には綺麗に敷かれた芝生が並んでいる。
『君の部屋はここだよ。何かあったら気軽にいってくれ』
『ああ、ありがとう』
 そう受け答えしながら、きょろきょろと周りを見る。
 人のうちってなんだか不思議な空間で、ついついそうしちゃうんだよな。
 マイクはその動作がおかしかったのか
『気に入ってくれたかな?』
 と聞いてきた。俺はとびっきりの笑顔を大公開してやった。
『もちろん。良い部屋だね』
『ありがとう。そういえばキョーゴは女の子をおってこっちにきたって言われてるけど、本当かい?』
 ……誰だ、そんなこと言ったの。
 いや、マイクは多分聞きたくてしょうがなかったんだろうけど。
 父さんか? 父さんが言ったのか!?
『……一応語学のためだよ。マスコミ関係に進みたいので英語とかは必須だからね』
 そういって開け放った窓から広い空を見た。
 そこにひろがる日本と同じはずなのに少し違う空。
 これが貴方の真上にも広がっているのかな。
 この空気は貴方のところにつながっているのかな。
 この言葉は貴方も使っているのかな。
 ここにくれば貴方と共有できているのは、言葉とこの空気と、それとこの時間。
 確かに勉強のために来たはずなのに、そう考える心が確かにある。
『まあ、会えたら良いと思ってるけどね』
 そういって肩をすくめるというアメリカ人の得意のしぐさをまねて見せると、マイクはにやりと意地悪い笑みを見せた。
『何だ、やっぱり女を追いかけてきたんだ』
『違うよ! だから俺は勉強のために』
『シャイだなー、キョーゴは』
『だからー、違うって!』
 シャイなんて初めて言われたよ!
 まあ、確かに志津子さんがいるからという理由がまったくなかったって言うのは嘘だけどさ!
 ……なんだか楽しそうな留学生活になる予感。
 志津子さん、貴方は今なにをしてるのかな……。
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