ただいえることは貴方を愛しているということ。 ああ、もう! どうして俺は馬鹿なんだろう。 志津子さんちなんてしらねーよ! どうかんがえても振られたし、教えられる必要もなかったから聞けなかったし。 すると目の端に公衆電話を捕らえた。 ……確か、日本にいたときに渡されていた電話番号は……暗記している! 電話しなかったけど、ずっと眺めてたから覚えてる! 俺は走っていたをとめて公衆電話に突っ込んだ。 そして急いで頭の中にある電話番号を慎重に押す。 ……恐ろしいくらいの待ち時間。ドキドキと心臓の音は止まらない。 お願いだから出てください。 お願いだから、一人で苦しまないで。 違ったら笑ってよ。うぬぼれているなって。 そしたら俺も笑えるから。 そしたら、俺も多分ただの貴方の知り合いになれるから。 『はい、もしもし』 「志津子さん……?」 『……強吾くん』 その声になぜか安心した。 貴方の声に涙が出そうになる。 貴方の存在は今でも俺の心の中に強く強く根付いていて、輝いているんだ。 「会えませんか? 貴方に会いたい。貴方に会って伝えたいことがあるんです」」 俺がそういうと志津子さんの言葉が切れた。 そしてどこかのアドレスを教えてもらう。 『そこが私の家よ。もう遅いから』 ……本当に、無防備なんだから。 「すぐいきます、待っててください」 そう行って電話を切ると、急いで現在地を確認してそこに急いだ。 どんなに辛くても貴方が傍にいれば平気。 貴方が苦しまなければ平気。 どんな言葉をぶつけてもいいから、貴方の声を聞かせて。 今、すごく貴方の声に飢えている。 貴方の声が……聞きたい。 あるアパートについた俺は指定されたドアの前で深呼吸をした。 心臓がばくばくとうるさくて、汗はびっしょりで。 俺はずいぶんなさけない格好をしているのだろう。 それでも貴方に会いたい気持ちが大きくて、それがぜんぜん気にならない。 チャイムを鳴らすと、インターホンから志津子さんの声が聞こえる。 『強吾くん?』 「志津子さん、そのままでいいから聞いて」 俺はインターホンに口を近づけてそうささやいた。 格好なんて気にしちゃいられない。 きっとこれが、最後の告白になるんだろうから。 「俺はね、加美さんに罪悪感を抱いていて、俺を怖がっている貴方を見てあきらめなきゃいけないと思った。貴方が苦しむくらいだったらあきらめるべきだと思った」 そう、あきらめようと一度は思った。だけどそんなことできなかった。 愛しくて、愛しくて。 貴方を愛したことは運命だって思ってたんだ。 そんなにすぐにあきらめられるものじゃない。 「だけど、志津子さん。俺は、貴方が少しでも俺のことを好きでいてくれるのなら、あきらめたくないよ。加美さんのことじゃなくて俺の勝手な想いだけど貴方を好きでいたいんだ。そして貴方に好きになってほしいと思う」 貴方が笑ってくれるならどんなことでもするよ。 どんな道化の真似事でもする。貴方の笑った顔が好きで好きでたまらなかった。 それは恋じゃないのかな? 「俺は言ったよね。最初に告白したとき、ただ好きになっただけだって。それは貴方にだってとめることはできないんだ。貴方を好きになる気持ちはずっとずっと大きくなって膨らんで」 もう俺に止めることもできない。 あのころの俺は恋愛感情やあこがれや母への思いをごっちゃにして貴方を好きになっていた。 たくさんの好きが貴方に向かっていった。 貴方しか見えないくらいに盲目的に。 馬鹿じゃないのとか、あきらめないのとかいわれても、そんな言葉は俺の中に存在しなかった。 ただ、貴方だけを見ていたから。 「だから、俺は……あなたを支えたい。一人で立とうとする貴方を救えなくても、支えたい。それが俺の願いだよ」 苦しくて、あきらめられなくて。 ただ、想いだけが突っ走る。 そんな感情知らなくて。 どんどんと先に行く感情を止められなくて。 ねえ、知ってる? これが恋っていうんだよ。 志津子さんが傍にいるだろう玄関にそっと額をつける。それはひんやりと冷たくて、走ってきて熱くなっている体にほんのり気持ちいい。 志津子さん、俺の心が貴方に見えればいいのに。 そうすれば、この心の中に志津子さんがどこにいるか分かるのに。どんなに愛しているか、どんなに強く想っているか。 貴方に分かればいいのに。 「俺がここにいるのは貴方のせいじゃないっていうのは撤回するよ。俺は貴方に会いにきたんだ、貴方の声が聞きたくて、貴方の姿が見たくて」 ――愛している。言葉に尽くせないくらい。態度だけじゃ足りないくらい。 愛しているよ、俺の女神様。 「ねえ、どうしても俺の気持ちにこたえられないならここを開けないで。そうすれば俺はかえるから。だけど、少しでも貴方が俺の気持ちにこたえてくれようとするのならここを開けてほしい……」 そうすれば俺は貴方を愛し続けるよ。 どんなに冷たい態度をとられたって、笑い続けられるよ。 だけど、それを言ってしまえば貴方の重荷になるから、ただそれだけを伝える。 ねえ、貴方が決めてよ。貴方の意思で。加美さんとか俺とかぜんぜん考えないで。 俺も貴方もその人も関係なしに貴方を愛しているんだから。 でも願うなら、貴方が手に入ればいいと思ってる浅ましい俺……。 『どうして貴方は強引なのかしら』 インターホンごしにそう聞こえる貴方の声。 そして同時に貴方のドアが開いた。 「慧治が教えてくれたんだ。俺はそんなにあきらめのいい男じゃないって」 「ばかね」 ああ、貴方はまた泣いているね。だけど、笑ってくれてもいるね。 それがどんなに嬉しいか、分かるかな。 「そう、ばかだよ。だからいい場合と悪い場合があったときは、いい場合のほうを信じることにしているんだ」 そういいながら、志津子さんを抱きしめた。 俺とは違う、細くてやわらかいからだ。 それがすごく愛しくて、涙が出そうになる。 包み込めるくらいに俺は大きくなったんだよ。 それくらいの長い時間、俺は貴方に恋をしていたんだ。 「……怖かったわ、貴方がまっすぐと好意を私に向けてくるから! どう、答えていいかわかんなかった」 「貴方は貴方の答えをくれた。俺はそれですっごい嬉しいよ」 「加美の代わりにするんじゃないかって思った。だから私は貴方を、酷いやり方で傷つけたのに!」 ああ、そうか。志津子さんの中には俺への罪悪感もあったんだ。 ばかだなー、もともと代わりになんてぜんぜんしてなかったのに。 だって、俺の甘やかし方と加美さんの甘やかし方はぜんぜん違ってるのに。 一緒にできるわけなかったのに、ばかだなー。 俺はぎゅっと志津子さんを抱きしめる腕に力を入れた。 「……いいよ、俺は貴方のことが好きだからそんなの平気」 できるだけ優しい声で、俺はそう志津子さんの耳元でささやいた。 「ごめんなさい。本当に……」 「志津子さん、俺はいま、その言葉が聞きたいんじゃないよ」 優しい声でそう教えてあげる。 貴方から聞きたいのは、昔も今もただ一言。 「ねえ、俺は貴方のことが好きだよ。貴方は?」 そう聞くと志津子さんは頬を俺の胸に預けて、聞こえるか聞こえないくらいに言った。 「……好きよ。失うことが恐ろしいくらい貴方が好き。一途に思ってくれて、それがすごい嬉しいくらい、貴方が好き」 「それだけ?」 俺が緩んだ顔でそう聞くと、志津子さんは顔を真っ赤にしてこういってくれた。 「……そして、ずっと私のことを好きでいてほしいって思うくらい、貴方が好き」 ああ、なんて俺は幸せ者なんだろう。 貴方は俺のものじゃない。そりゃ、俺だけのものにしたいと思ったことがなかったわけじゃないけど。 だけど、俺も貴方のものじゃない。あなただけのもに成りたいと思ったけれど。 だけど、俺達はいろんな人のものであり、自分自身のものでもある。 そして俺達は自分の意思でお互いを選びあったんだ。 それが幸せ……すごい幸せ。 これ以上の幸せはけしてないんだ。それを志津子さんの体温が教えてくれた。 |