貴方は結局いつでも前を見ているだけなのかもしれない。


 由菜のお見舞いも終わって家に帰ろうと思ったそのときに桑田に声をかけられた。
「師原、ちょっと付き合ってもらえないかしら?」
 そういう桑田の頬はなぜか赤い。
 ……もしかして……
「桑田、俺はプレゼント選び下手だぞ」
 そういうと図星をつつかれた顔をした。
 やっぱり。桑田はそういうところ分かりやすい奴だよな。
 多分桑田の想い人の誕生日はもうすぐなんだと思う。名前からして絶対そうだ。
 いつも強気のこいつがこんなふうに自信なさげなのは決まってそいつのことに関してだし。
 大体なんで付き合ってないのかさえ分からない。聞いた話では両想いだと思うんだけどな。
 でもまあ、そういうのは本人同士の問題だから仕方ないけどさ。
「まあ、とりあえず良い店とか知ってるからいってみる?」
 そういうと桑田はにっこりと笑った。
 それはまるで見たことのない笑みで。
 ちょっとドキッとしたのは内緒。
「ありがとう、師原! いやー、良い奴だね、あんたは!」
 ……ドキッとした俺よ。もう少し現実みたほうが良いんじゃないか?
 まあ、でもこいつもそいつの前ではこういう態度らしいし。
 多分そういうのが自分でも自分らしいと思ってるんだろうけど。
 ってことはこれって俺や江原しか知らないのか?
 ……もしこいつの想い人に会ったらいってやろう。
 だから早く紹介されるように精一杯努力させていただきます。
「さて、いきますか」
「そうだね、いこっか」
 俺のたくらみなんて知らないで、桑田は笑う。
 ふっふっふ、多分そのときが意趣返しのときなんだろう。
 見てろよ、桑田!


 それから二時間ぐらいたってないか?
 時計を見てないからどのくらいかなんてわかんないけど、絶対それくらいたった。
 なのになんで決まらないわけ!?
 そういえば由菜の買い物も遅いし、女の子って選ぶのが遅いのが当たり前なのかね?
 俺は結構第一印象大事にするほうだからぱぱっと決められる。
 こうぴんってくるっていうのかな。そういうのってもしかしたら一目ぼれに似てるかも。
 ああ、だから志津子さんの事好きになったのかな……なんてにやけちゃう。
 う、こんな顔見せたらますます桑田に弱くなっちゃうよ。
 ただでさえ弱いのに。
 仕方ないから暇つぶしに外を眺めた。
 桑田は今男物のアクセサリーのところで物色中だから。
 ……あれ? あれって……
「志津子さん!?」
 思わず叫んでしまった。
 いや、だってね。今朝会ったのにこんなところでまた会えるなんて。
 驚かないほうが変だ。
 その声に反応したのか、振り返る志津子さんが驚いている。
 ウワー、ウワー。これって運命? 運命だよね!
「師原、うるさい!」
 いつの間に傍にいたのか桑田にたたかれる。
 な、何でこんなときにたたくんだ! ほら、志津子さんが笑ってる!
「ねえ、あれが志津子さん?」
 そう聞いてくる桑田はひどく楽しげだった。……そんなに楽しいか!? 俺いじめがそんなに楽しいか!?
「早く紹介しなさいよー」
「うるさいな!」
 そういってさっさと店の外に出た。
 だってさ、せっかく合えたなら言葉交わしたいし、近くでその笑顔を見たいっておもうのはあたりまえじゃん!
「志津子さん!」
 ああ、なんかもう桑田に笑われても良いや。だってもう緩んでしまった顔は隠せない。自分の心を隠さない。
「強吾君……偶然ね」
 くすくす笑いながらそういう志津子さんは……なんか可愛かった。
 なんていうか、いつもは綺麗って感じなんだけど今は可愛いって感じで。
 なんとなく見ほれちゃってもう頭の中がほわほわしちゃって。
「こんにちは、志津子さん。初めまして!」
 だけど、その余韻に浸ることを桑田は許さなかった……。
 まあ、良いんだけどね。余韻に浸ったからどうかとも思うし。だけど、ちょっとだけ浸りたかったかも。
「桑田 桜です。師原の友人で、間違っても恋人じゃないんで誤解しないでくださいね」
 ……さすがに誤解しないだろ。
 だって普通こういう年頃の恋人達ってもうちょっと甘ったるい雰囲気とかあると思うし、俺達にはそれが皆無だし。
「初めまして、富倉 志津子です。よろしくね、桜さん」
「ハイ、よろしくお願いします! いやー、噂にたがわず知的美人!」
 ……わすれてた、こいつは自他認めるミーハーで美人大好き人間だった。
 ってことは志津子さん桑田の好みにジャストミートじゃん!
 結構ハイになる……っつーか、邪魔される!?
「桑田、お前プレゼントはどうしたんだよ、プ・レ・ゼ・ン・トは!」
「アー、はいはい、邪魔者は退散しますよーだ」
 そういいながらもう一度店内に戻っていった。
 ……こういうとき、桑田って邪魔しないよな。やっぱあれかな。片思いしてる俺に同情?
 俺に自己投影するよりももう少し先に進めばきっと桑田の望む未来があるのにな。
「いいこね」
 志津子さんが微笑みながらそういった。
 少し複雑だったけど、志津子さんに笑って見せた。
「いいやつだよ」
 すねてる俺に気づいたのかどうか分からないけど、志津子さんはますます優しい目で俺を見た。
 なんとなくいたたまれなくなって、志津子さんの持ってるものを見る。
「あれ? 今日って大学だったの?」
 それは志津子さんが通っている学校の封筒だった。まあ、もってても不思議じゃないけど、これがあるってことは用事って学校のことだったのかな?
 志津子さんはちょっと困ったような顔をした。
「ええ、ちょっと教授に呼ばれてて」
 なんとなく志津子さんの口調が歯切れが悪い。
 なんでだろう? それは俺が見ちゃいけないものだったのかな?
 だけど、志津子さんは俺にそれを渡した。まるで意を決したように。
「……見て良いの?」
 俺が首をかしげながら聞くと志津子さんは静かにうなずいた。
 俺は何も考えずにそこに入ってたものを取り出した。
 そう、何も考えずに。志津子さんが意を決しないと見せられなかった意味も考えないで。
 衝撃だった。どうしてここにあるのかが分からなかった。
 いや、志津子さんが持っている意味が分からなかった。分かりたくなかったんだ。
 だけど、それを持っているのは不自然ではなくて。むしろ自然で。
 だから志津子さんの次の言葉を聞くのが怖かった。


「私はそこに進もうと思っているの」


 それは留学案内書。
 しかも今年のだったりする。
 つまり
「志津子さん、留学するの?」
 俺は当たり前のことを聞いた。そんな答え、わかってたのに。
 志津子さんは首を縦に振った。
 ああ、そんなにきっぱりとうなづけるんだ。
 俺は今でも頭がごちゃごちゃして何もしゃべれてないのに。
「……そう、だよね。志津子さんの夢だったもんね。おめでとう、志津子さん」
 俺は泣きたくなるのを我慢した。ここですがりつけるほど、俺はプライドを捨て切れてない。それにきっと、悲しそうな顔をするだろうから。
 この人はきっと困った顔をするだろうから。まるでわがままをいっている子供を諌めるように。
 そんな顔なんて見たくなかった。
 だから精一杯笑ってやった。
「強吾君……あのね……」
 何かをいおうとする志津子さんの唇をとっさに指で止める。
 聞きたくないよ、決別の言葉なんて。
「おめでとう志津子さん。よかったね。で、どのくらいいるの?」
「……わからないわ。もしかしたらずっと永住するかもしれない」
 志津子さんの夢は海外で仕事をすることだったからそれが自然なんだろう。
 留学して、そのままその国にいることだって可能だし。
「そっか、じゃあ今日はパーティーだね。志津子さんの念願かなった留学おめでとうパーティー!」
 俺は明るい調子でそういった。まだ俺はすべてを放棄したわけじゃないから。
 まだ、見させてよ。貴方と一緒にすごせる夢の中にいさせてよ。
 同じ夢の中で笑っている貴方を見させてよ。
 まだ、遠くに行ったわけじゃないんだからそんなに簡単に引導渡さないで。
 まだ、俺は同じ夢を見続けていたいから。


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