からっぽな空 白い背中がこんなにきれいだと思わなかった。 そして、そんなにきれいなまなざしも。 抱き合う感覚は、初めてなのにどこか乾いていて。 心を伴わない情交は俺の心を蝕んだ。 「……おきてるの?」 静かな声が俺の鼓膜をせつなくゆらす。ちらりともこちらを見ないその背中にイラついた。 「ああ、もうちょっと寝てろ。まだ時間があるから」 チェックアウトまでの時間をベットにつけられている時計で確認しながらそう言う。 彼女がそれを聞いたのかどうかわからないが、確かにまぶたを閉じる気配がした。 覗き込めばそれを確認できるだろうと思うのに、その勇気がなくてただバカみたいにその背中を見つめていた。 肩甲骨が天使の名残といったのは誰だろう……と彼女のほくろの上にあるものをみながら考える。彼女が腕を動かすたびに揺れるそれはまるで羽ばたこうとしているようで、なんとなく複雑な気分になった。 飛べないんだろうという嗜虐的な気持ちと、真綿にくるむように大切にしてあげたいという保護欲と。 そして、彼女は飛びたいんだろうかという感傷と。 次の一瞬後にはただの無意識の行動だって思うのに。 「……あんたはなにを思って、おれに抱かれてるんだろうな」 その言葉に返事はない。彼女の肩が規則的に揺れて、彼女が深く眠ってることを知る。 返事が返ってこないことに安心と不満が募る。 なあ、あんたにとってはおれは便利なセフレ? それともまた違う何かなのかな…… ベットがきしむ。そんなに安っぽくは見えないのだけれど、やはり酷使されてるのかなと下世話なことに思いをはせる。このイライラを少しでも沈めたい。 シーツは汗を吸い込んだのか、少し湿っぽかった。それが気持ち悪いと感じるのは、おれがまだ子供だからだろうか。この心の伴わない情交に熱くなって、あとで後悔するのも若いせいなんだろうか。 裸のままベットから出る気になれず、備え付けのバスローブを肩に羽織る。そしてその足で、そのままシャワールームに向かった。 そして、思いっきりシャワーのノズルをひく。水はなかなか温かくならないで、それまで待ってる姿は間抜けだろうなと自分を省みて笑う。 会ったのは真っ青な空と緑の草原という健全極まりない場所だったというのに。 今の自分にその風景はけしてあわない。そして彼女にも。 堕ちるところまで堕ちるってそういうことなんだろうか。堕落という文字に嫌悪はなく、むしろ苦笑と安堵を感じたとき、おれたちの体は重なり合った。 まるで空っぽの空のよう。壮大なようで本当は何も無いんだ。ただただ空間が広がるだけで。 お互い意味を見出すことが難しい関係で、笑ってしまうくらいに世間受けは最悪な関係。 ……お互い、こんな関係望んでなかったのにな。 そう思いながら、温まったシャワーを身に浴びる。体温より高い温度で浴びているはずなのに、まだ少し冷たさを感じて湯の温度を調節する。 さて、これを浴びたらどうしようか。そう周りを見渡しながらぼんやりと思う。 彼女の隣に並びたいとは思えない……いや、並べない。 この空虚な体と心をどうにかしたい。空しさを感じる身勝手なこの想いが悔しい。……哀しい。 水の出るシャワーノズルを見ながら、唐突に。あまりに唐突に思う。 俺って彼女のことが好きだったんだな。 気づきたくなかった事実に、俺は自嘲した。 笑わせるな。もうすでに何度も寝て、いまさら? 彼女はセフレとしか思ってないのに? 普通の友達だったら、告白でも何でもして進展もあっただろう。 けれど、きっとそういう勇気は俺には持てない。そして……気づいてしまった今、今までどうり振舞える自信が無い。 「馬鹿みたいだ……そんなの、好きになるほうがおかしいっつうの……」 どちらも利用していただけだった。 そこに馴れ合いや親愛の情が生まれても、そんな感情が生まれるはずが無いと思っていた。 ただの都合のいい相手。合意ではあるけれど、それは霞のように希薄な感情と好奇心、そして寂しさを埋めるだけだった。 そして、彼女は……俺をただの代用品……いや、それどころではなく、パズルのピース程度としてしか見ていない。 彼女は……かなうはずの無い恋をしていて、さびしいから俺に抱かれる。 俺はそれに不都合を感じずに、ただ求められるままに彼女の体に触れた。 本当に、それだけだったら、それだけで終えられたらよかったのに……。 なに、いまさら、そんな言葉が頭をよぎって、ああ、気づかないふりをしてたんだと気づく。 自分をだまして、軽い気持ちで、ああ、ということは俺は彼女を利用して? 自分の汚さに吐き気がした。でも、それでももう気づけないことには出来ないから。 アイシテル、と語ったら、彼女はきっと拒絶をするだろう。 傷つけることを恐れて。彼女はその傷の痛みを一番よく知っているから。 だから、静かに離れてく。 でも、その別れもいいかもしれない。この恋が実ることが無いなら、俺はもういい人のふりは出来ない。都合のいい関係はもう俺の錘にしかならない。 ある決意を秘めて、俺はシャワーを止めた。 ぬれた体に、冷たい風が当たりとたんに体の熱を奪っていく。けどその冷たさに、自分の心を確かに感じた。 「遅かったね」 いつの間に起きたのか、彼女は身支度を整えながら声をかけた。 振り向きもしない。けれどこれが本来の俺たちの距離。 その距離は切なく、冷たく、そして平穏だった。 ただ、ただ、情熱も無い代わりに誰も傷つくことの無い、シャングリラ。 ごめんな、好きになってごめん。愛してしまってごめん。 ――最後まで、ただの理解者のフリができなくて、ごめん。 「ああ、気づいたんだ」 さあ、始まりと同時に別れの挨拶を。 きょとんとした子のこの顔がいとおしい。 きっと思いもよらない言葉だろう。きっと彼女は思いもよらないだろう、この軽そうな男が本気で自分を愛してるなんて。 でも、俺は選んでしまった。彼女のために心のよりどころであるよりも、自分のために愛をささやくということを。 ああ、自分がこんなに自己中心的だったなんて思わなかったよ。 「あんたのことが好きなんだってさ」 あんたのその驚愕した、その顔を俺は一生忘れないと誓おう。 そして、この空虚な関係に終止符を。 |