3ボーイ・ミーツ・ガール

 
「いたたたた」
 リリルは腰を抑えながら周りを見渡した。いきなり落ちたと思ったら、周りは木ばかり。
「……ここってどこよ?」
 運命の扉をくぐったと思ったとたん、リリルは気を失った。
 つまり別世界にもう到着したのだ。
 リリルは周りを見渡したが、誰もいない。
「って事は私、一人?」
 リリルは頭をかきながら、めんどくさそうに羽を動かした。
 これは予測できていた出来事で、むしろルーナのいっていることは奇跡に近いのだ。
 ルーナが思い描いていたことはむしろ絵空事だと思っている。
 けれど、リリルもそれを望んでいたのは事実。
 ばらばらなのではロイのことが不安だ。
 たしかに「レッド・チャイルド」は天界以外の世界ではよっぽどの物知りしかしらないだろう。しかし、その世界に住むものがその世界の生き物なのだとは限らない。自分達のように修行に来ているものも、そこに勤めているものもいるのだ。
 その人たちの中で、ロイは独りで耐えるのだろうか。
 たった独りで、耐えられるのだろうか。
 ……あの時と同じように。
(……耐えるのかもしれない。心を壊しながら、耐えるのかもしれない)
 そう、初めてあった日のように、人の目に怯えながら。自分のことを責めながら。

 ――最悪だ! 

 心のそこからそう思った。
 だれがそんな事許せようか。たた独りで泣かずに誰が生きられるというのか。あのうつろな瞳を見たくなかった。能面のような顔を見たくなかった。その顔に笑顔を浮かばせられることを知ってからは尚更そう思うようになった。リリルは黒い翼で空へと上った。そこがどこであるのかを知るために、そして一人でもいいから仲間を見つけるために。
誰かに会いたかった。そしてロイは大丈夫だよと慰めでもいいから言ってほしかった。
 自己満足でいいから、安心したかった。ロイのところに誰かがいるということを知りたかった。
 その一心でリリルは翼を広げる。
 そして見渡すとそこは生い茂る森だった。たしかに眺めはよいが探しものをするのには邪魔でしかない。
 ちっと舌を鳴らすと両手を目の前にかざした。

「我が、契約し知をつかさどる夜の魔鳥、ゼバードよ。いまここに姿を現さん」

 リリルがそう唱えると周りが急に暗くなり、大きな翼を持つ鳥が現れた。
 しかし、リリルはそれに動じない。
 ゼバードは夜の魔鳥だ。昼でも大丈夫だとはいえ、太陽はあまり心地よくないのだろう。一見、普通の鳥に見えるが、魔鳥であるため周りの環境に干渉する力を持っている。
 ゼバードはリリルの肩に止まり、親愛の情をこめて髪の毛を甘噛みする。
 それをリリルはおでこにキスをすることで返礼すると早速本題に乗り出した。
「ここがどこなのか、そして他のやつらがどこに飛ばされたのか教えてくれる?」
 ゼバードはほーっと一鳴きして、それに答えた。
「ここは自然界。またの名を人間界。地球という名の星に生命体は住んでおり、人間達が多くいる場所。他の者達も人間界に飛ばされた」
 ゼバードはそう答えるとまた大きな翼でリリルから遠ざかる。
 ゼバードがそばにいても別にリリルは頓着しないが、周りの生き物に見られたら大事だろう。
 精霊は髪の中になど入れば大して目立たないが、魔物は大きさがばらばらなため隠すのが無理なものも多い。
 リリルのゼバードもゼルのケルナンデスも誰かに見つからないように隠すのは無理だ。
 だから、用があるとき以外はそばにいることはできない。見たことのないのものを見れば誰だっておびえるのだから。
 リリルはさっていくゼバードを見送ってから、聴覚に意識を集中させた。
 もし同じ世界に来ているのなら到着点はそんなに遠くないはずだ。
 そして暫くするとリリルはある一点を見つめてそこめがけて飛んでいった。


「まさか姉さんまでいるとは思わなかったな」
「ほんと、一緒になれてよかったけどびっくりしたね」
 ゼルとロイがリリルを迎える。
 どうやら目を覚ますのがリリルが一番遅かったらしく、ほかの四人はすでに集まっていた。
「まったく、あんたはいなくても良かったのにね」
 ルーナは声を弾ませながら言った。その顔は言葉とは正反対で喜んでいることがわかる。
 まったく素直じゃないねとゼルは肩をすくめた。
 リーカルは黙ってそれを見ている。
 リリルはにやりと笑いながら、ルーナをからかう。
 誰も何もいわない。
 なんとなく出来すぎていると思っても、何もいえない。
 一瞬でも全員が揃ったことに安心してしまったから。
 これを偶然だと片付けたかった。
 それこそ無限ではないかと思われる世界の数から同じときに運命の門をくぐった五人が同じ場所に配属されることが偶然とは思えないけれど。
それでも、それでも今は忘れたい。
 神の力でも動かせない運命の門が導き出した運命がまだ何も見えない不安を押し殺していたい。
 ただ、今は喜びに浸らせて。
 単純に仲間と一緒なのだと喜ばせて。
 これはただの偶然で、ルーナの言うように腐れ縁なだけで、何の陰謀もないのだと思わせて。
 それが全員が思う願い。


「ねえ!! アネット!! 聞いてるの!?」
 アリスは不満そうにアネットに聞く。
 アネットは「聞いてる聞いている」ときのない返事を繰り返した。
 アリスはとたんにふくれっつらになる。
 アネットはアリスのそういう表情豊かなところがうらやましいと思った。
 自分にはけしてない、とてもきらきらしたところだと思う。
 それは彼女が温かな家庭に生まれたからだとおもった。
 優しい両親に頼りになる兄。
 裕福さで家ばアネットの家のほうが格段に上なのだが、彼女のほうが恵まれているとおもう。
 外に愛人を何人も作る父、若い男の家に頻繁に出入りして家に寄り付かない母。
 金さえ出せば子供は満足すると思っている両親たち。
(最悪な家庭環境よね、おかげさまでこんなにひねくれちゃって……)
 たしかに親がいなくても子供は勝手に育つだろう。
 けれどより良い人間にするためにはやはり親というものは必要なのだ。
 けして子供を見ようとしない親たちにほとほと呆れてくる。
(まあ、あんな両親に育てられたら余計悪くなりそうだけど)
 アリスはそんな事を考えているとは知らずに話しかける。
「でね、占いの結果によると今月はアネットに運命的な出会いがあるんだって!!」
「……ふーん……」
「ふーんって……って、運命の出会いだよ!! 恋の始まりだよ!! なんでそんなにおちついてるの!!」
 アリスが興奮してそういうが、アネットはそういうことには興味ない。
 大体占いなんて、誰かが都合よく作っただけに過ぎないのだと思っている。
「何でっていわれても……たかが占いでしょ?あ、私そろそろ帰るね」
 アネットはそういうとさっさと自分の家へ向かっていく。
 アリスはいつものことだというように肩をすくめた。
「まったく、いつもこうなんだから。まあ、慣れちゃったけどね。あ、そういえばあの占い、結構当たるんだよね! もしかしたらもしかするかもよ、アネット!!」
 アネットの立ち去った方向にアリスは叫んだ。
 アネットにはちゃんと聞こえていたが、聞こえていないふりをして振り返らなかった。
 ただ、今日の夕食を何にしようかかんがえながら自宅へと急いだ。
 誰もいない、ただ真っ暗な家に。


 家路を急ぐ途中、アネットは森に入る。森を通ったほうが近いのだ。
 そしてこの森はアネットを癒してくれる。少なくとも
 何気なく空を見上げると一枚の羽が落ちてくるのが見えた。
 ひらひらと舞い落ちる羽。
 それは光に反射してまるで絵画を見ているようだ。
 アネットは無意識のうちにそれに手を伸ばした。
 それは吸いつけられるようにその手に収まる。
 不思議な羽の色。
 漆黒というにふさわしい羽。けれどカラスの羽のように硬くはなく、むしろ羽毛のように柔らかく軽い。
 いったいどんな鳥なのだろうとアネットが上を向いても、その羽を持つ鳥は見つけられない。
 アネットはその羽をそっとポケットの中に入れる。
(まあ、しおりにぐらいにはなるよね……)
 アネットはそう思いながら、その羽をポケット越しにそっと触る。
 ポケットからは布の感触しかえられない。けれど、羽がそこにあるというだけでアネットはなぜかうれしくなる。
 そのうれしさの意味がわからない。なんとなくわくわくするような高揚感。
 まるで子供のように羽に興味を示している自分にアネットは驚かされる。
 自分にもまだこんな感情があった。まだ完璧には汚れていないのだ、あの人たちのように。
 アネットは町から少し離れた屋敷についた。
 アネットの家は祖父が静かなところが好きだったらしく、周りには民家はない。
 大きな森のそばに立っており、近くには小規模な湖さえある。
 アネットの両親はあまりこの家に近づかないが、アネットはここが好きだった。
 ここにさえいれば数年前になくなった祖父や祖母のことを思いだせるから。たった二人の自分の味方。
 しかしアネットはいつもと雰囲気が違うように思えた。
 なにが違うのかわからない。でも、何かが違う。
 言いようのない不安に押しつぶされそうになりながらアネットは屋敷に近づく。
 すると何かが屋敷の前にあることに気がついた。
 最初は何か分からなかったがそれが人間だとわかったとたん、アネットはその人たちに近づいた。
 屋敷の前で倒れているのは五人の子供だった。
 よく似ている赤毛の男と女。金髪の女の子二人。そしてたった一人だけ髪の黒い男の子。
 いったいなにがあったというのだろう。
 ここは確かにアネットのうちの敷地内なのに。
 アネットは一番近くにいた黒髪の男の子に近づく。
 するとその腕はアネットをつかんだ。アネットはその行為に驚いたが、意識がまだ残っているらしいと判断するとそのこを揺さぶる。
 少年はうっすらと目を開ける。そこには真っ黒な瞳が見えた。まるで吸い込まれそうな闇をまとった色。
 アネットは思わず、その瞳に見惚れてしまった。こんなきれいな黒をアネットは見たことがない。
 しかしその瞳はすぐに閉じてしまう。
 アネットはそれが少し残念なように思えたがとりあえず屋敷に運ぼうと少年を抱きかかえる。
 同じくらいの身長なので女の手で運ぶのは困難だろうが、生憎そばには誰もいない。
 警察を呼ぼうとも思ったが、それは賢い選択には思えなかった。
 怪しい人を家の中に入れるのは躊躇したが、同じ子供だということもあって甘く見ていた。
 半ば引きずるように屋敷のなかへはこびいれ、使われていないベットへと乗せる。
 ベットに横にしたとき少年の背中が見えた。
「!」
 アネットはその少年の背中を見て、顔をこわばらせた。
 どう考えても、その背中は人間のものではない。
 大きな黒い翼。それはどう見ても少年の背中に生えていた。
 つまり作り物ではない。
 その翼にアネットはこわごわと手を伸ばす。そしてその翼に触ったとたん、アネットは驚愕した。
 自分はこの感触を知っている!
 アネットはポケットの中をまさぐると、あの羽を取り出した。
 その羽は少年の翼の羽に良く似ている。
 いや、まったく一緒なのだ。感触も色も。

――いったいなにが起きてるっていうのよ!

 アネットはそう思いながら、呆然と少年の背中の羽を見つめていた。

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