夕日の沈む日


「悔しいね」
理沙はポツリとそうもらした。
ちらりと孝弘が理沙の顔を盗み見ると理沙はまっすぐと前を見ていた。
まっすぐと夕日を。
「ああ」
孝弘は理沙と同じように夕日を睨みつける。
夕日は川に反射して、まぶしいばかりの光を川原にいる孝弘と理沙に見せつける。
孝弘と理沙はそんな中、川原に座り込んでいた。
夕日の光が孝弘の泥だらけのユニフォームを照らし出す。

6−7
最後のサヨナラホームランで決まった。
孝弘はただ、相手側の打者の隣でそのボールの行方を見ていた。
最後の一球。
この球さえ自分のミットに入れば甲子園にいけた。
お互い疲れきっていて、へとへとになった九回。
二点勝ち越していた。
誰もが勝てると確信していた。
けれど、投手の疲れが思ったよりもたまっていて。
つまり油断していたのだ。
それであっけなくホームランを打たれていた。
孝弘はただその球を見送るしかできなくて。
理沙も観客席でうちひしかれた孝弘を見つめる以外できなかった。

最後の夏。
あの投手はまだ二年でチームもあの調子ならきっと来年には甲子園にいけるだろう。
そしてもしかしたら優勝とかするかもしれない。
いや、それに向かってがんばっていたのだ。
自分も彼も。
そして彼にはまだ先があって、自分にない。
一年の違い。
それは小さくて、とても大きかった。
自分にとっても、理沙にとっても。
「終わったな、俺たちの夏」
理沙をみながら孝弘はそう言った。
理沙はただ夕日を見つめて
「何事も終わりが来るのよ。終わらないことなんてないの。辛いことも楽しいことも。私達はそれが早まっただけでしょ?」
とだけ言う。
理沙はどうやら諦めがついたらしく、泣いたりなんてしなかった。
それが孝弘にとってはありがたかった。
そうでなければきっと孝弘は一緒に泣いてしまっただろう。
グラウンドで泣いただけで十分だ。
孝弘はグラウンドでなき、理沙は観客席で泣いた。
ただそれだけで十分だ。
「次は受験か……」
「十代は大変ですね。忙しくて」
「っつーかまだ俺どこ受けるか決まってねー」
「……あんた今いつだと思ってんのよ」
そういわれても、苦笑しかできなかった。
受験なんて頭になかった。
ただ、甲子園に行くことが全てだった。
一生を決める受験であるはずなのに甲子園に行くことより重要ではなかった。
何よりも練習を優先した。
それがたった一球で……。
あの投手を責めるつもりはない。
が、やっぱり思ってしまう。
あと一球で甲子園だったのにと。
いまさら受験だなんだといわれても、どうもぴんと来ない。
いまだに負けた気分が後を引く。
「そういえば、謝ってたわよ。野中君」
理沙が思い出したようにそう言った。
野中というのは投手の名前だ。
生真面目な性格だから、今回の負けを自分のせいだと思ってしまっているのだろう。
「そうか……」
孝弘はそう呟き、夕日を睨み続ける。
この夕日が落ちればこうしていることも過去になる。
そう、もうすでに甲子園を目指していたことは過去なのだ。
なにを考えても手遅れにしかならない。
「俺が……もう少し野中に気を使ってれば勝てたのかな」
孝弘がそう呟くと、理沙のこぶしが孝弘の頭を直撃した。
「いて」
思わず声を出してしまうほど、理沙の一撃は強烈だった。
「何いってんのよ。こうなったのは誰の責任でもないでしょ」
そういう理沙の顔に夕日が当たる。
その姿は神々しいという言葉がぴったりと来るような気がした。
女神は頭を抑えている孝弘に助言する。
「あんたは精一杯やったわよ。それに勝負は時の運もあるんだから、あんたの実力とは決まってないでしょ。大学でだって野球、やれるとこ探せばいいじゃない」
「……そうだな」
理沙の言葉に孝弘はふっと笑う。
そう、まだ終わったわけじゃない。
まだ野球できないわけじゃない。
「来年は野中、甲子園に言ってくれるかな」
ポツリと呟かれた孝弘の言葉。
それに理沙は笑顔で答えた。
「当たり前じゃない。そのときは一緒に応援しましょうね」
その笑顔は孝弘をも笑わせる魅力的な笑顔だった。
この笑顔さえとなりにあればきっと自分は立ち直れる。
まだ終わったわけじゃない。
夏が終わってもまた夏は来るのだから。
夕日が落ちてもまた日は上がってくるのだから。


fin
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