「やっとまとまった感じですわね」
「まとまったって……」
「まったく、お兄様ももう少し修行が必要だと思いますわ」
「修行……」
「ええ、そうです」
 亜里沙さんと一緒に前に赤坂さんが言っていたリニューアルしたお店に来ていた。
 とても素敵な内装で、出てくるケーキもすごく可愛い。
 赤坂さんにはちょっと入りにくいかなと思うけれど、ここで待ち合わせといったのは彼なのでここでゆっくりと亜里沙さんと待つことにした。
「あら、李歩さんに亜里沙さん。お久しぶりね」
 呼びかけに振り向くとそこには高橋さんと高藤さんがいた。
「こんにちは、兄がお世話になっております」
 亜里沙さんと高藤さんが挨拶を交わす。ふと、高橋さんと目が合った。
 高橋さんの目が優しく細められた。
 この人にはやっぱりそういうやさしい顔のほうが似合うと思う。
 あの悲しげな顔よりも。
 この前電話で話したことを思い出した。
 急にかかってきた電話。最初、誰だか分からずに出ようか出まいか迷った電話。
『こんばんは、突然お電話差し上げてごめんなさい。今大丈夫ですか?』
 聞こえてきたのはあのときの声と同じ声。
『……大体のことは本当は赤坂さんに聞いていたんです』
『振られたときに。そのときああきっと叶わないんだろうなって思ってました』
『だけどやっぱり本人を目の前にするとあきらめ切れなくて、ちょっと意地悪なこといっちゃったりして』
『こうやって電話で謝るのもちょっと嫌ですけど、やっぱり謝らなければならないことを謝らないままでいるのは嫌ですから』
『ごめんなさい』
 言葉の端々から赤坂さんへの想いが伝わってきた気がした。
 本当に優しい人だと思う。そして倫理観の強い、自分に厳しい女性だと思った。
 わざわざ電話番号を調べてかけてきてくれたのだろう。ただ、謝るだけのために。
 ここまでして過去の非礼をわびる人がどのくらいいるのだろうか。
 この人はそれを当たり前のことのようにしている。
 ああ、赤坂さんが素敵な人だというのも分かるなと思った。
「こんにちは、高藤さん、高橋さん。今日はなぜここに?」
 私がそう聞くと高藤さんはえへんと胸を張ってこたえた。
「もちろん私の仕事の結果を見るためよ。結構好評のようで良かったわ」
「ええ、素敵な内装ですばらしいですわ」
「あら、赤坂のお嬢様にそう褒めてもらえるとすごく嬉しいわね。なんたって貴方の目利きはお兄さんからよく聞いてるから」
 心のそこから喜んでいるようなその顔はきっと仕事がすごくすきなのだろうと思わせて。
 思わずこちらも微笑んでしまう。
 こういうところが斗海さんとあうのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ私たちはこれで。これから社に戻って報告書書かなきゃ!」
「じゃあ、また近いうちにお会いしましょう」
 高橋さんと高藤さんはにっこりと笑って去っていった。
 亜里沙さんは
「嵐のようなかたがたですわね」
 と苦笑気味に彼女達をそう評した。 
 するとすれ違いざまに赤坂さんが出てくる。
「ごめん、おそくなって。待ったか?」
「いいえ、お話していましたから退屈はしませんでした」
 赤坂さんの問いに亜里沙さんは悠然と答えた。
 私もにっこり笑ってうなづくと、赤坂さんもほっとしたような笑みを浮かべる。
「よかった。どう、李歩。ここは気に入った?」
「はい、素敵なお店ですね」
 この前の約束を覚えていたのか、そう聞いてくれる赤坂さん。
 亜里沙さんはくすくすと笑う。
「お兄様、今日はちょっと会っていただきたい方がおりますの」
「会っていただきたい方?」
 赤坂さんは答えを探すように私のほうを向くが、私も答えられない。
 私もそんな予定は聞いてなかった。
「ええ、そろそろ時間ですのでくるはずなのですが」
 亜里沙さんがきょろきょろと店内を見渡す。
 すると店の前で店名を確認している男女がいた。
 納得がいったのかドアを開けて入ってくる。そして一直線にこちらのテーブルに向かってきた。
「よう、李歩。ひさしぶりだなー」
「やっほ、李歩ちゃん。元気?」
 そこにいたのは綾彦さんと斗海さんだった。
「こんにちは、綾彦に斗海さん。こちらが兄の宗哉ですわ」
 亜里沙さんが赤坂さんを紹介すると赤坂さんは亜里沙さんとそっくりな笑みを返した。
「こんにちは、はじめまして。赤坂 宗哉です。どうぞよろしく」
 斗海さんは驚いたような顔をして、私と赤坂さんの顔を見比べる。
 そしてにっこりと笑って
「良かったじゃない! 李歩ちゃん、良い具合にまとまったみたいで! いい男、ゲットしたわねー」
 と肩をばしばしたたかれた。ちょっと痛いけれど、少し嬉しいのはこれがこの人の愛情表現だと分かってるから。
「はじめまして、妹さんにはお世話になってます」
 綾彦さんはさっと手を出した。赤坂さんは首をかしげて、その手を握り返した。
「えっと、君は亜里沙の彼氏なのかな?」
「お兄様、この方は前にお話したモデルの浅川 綾彦さんですわ」
 亜里沙さんは赤坂さんの問いをさっと否定してそう紹介する。
 その紹介だけで分かったのか赤坂さんは納得したかのようにうなずいた。
「なるほど、君がね。亜里沙から話は聞いてるよ」
 ということは、亜里沙さんは結構影で綾彦さんと前に約束したことを守ろうと暗躍していたらしい。
 綾彦はにっこりと笑って
「ええ、妹さんには腕の良いカメラマンの先生まで紹介してもらって。おかげで無事、そのかたに弟子入りできそうです」
 亜里沙さんは専門学校よりもどこかに弟子入りしたほうが早いと赤坂グループとつながりの深い一人のカメラマンに綾彦さんを紹介したらしい。
 そして綾彦さんはその方の専属モデルになると同時に彼に弟子入りしたそうだ。
「早めに一流になってもらわないと困りますから。一番最初の仕事にこの二人の結婚式の写真をとっていただくつもりですので」
 そう平然と言う亜里沙さんの言動に私の顔が赤くなるのを感じた。
 こういうところが亜里沙さんと赤坂さんの似ているところだと思う。
 照れくさいことを平気で言えるようなところとかそっくりだ。
「じゃあ斗海さんはどうするんですか?」
 私が話題の切り替えとしてそう聞くと、斗海さんは苦笑しながら教えてくれた。
「まあ、綾彦が専属といえどうちの事務所のモデルだから私もマネージメントしなきゃならないのよ。だけどこれから綾彦は海外に出るからこっちは更に忙しくなりそうだわ」
 斗海さんはあきれたような口調でそういうけれど、まんざらでもなさそうな笑みにほっとした。
「海外にいかれるんですか?」
 赤坂さんがそう聞くと、綾彦さんは照れくさそうに、けれど嬉しそうに言った。
「ええ、先生がとりあえずいろんなところを見に行こうって言うもので。といっても、俺の修行半分先生の放浪好き半分って感じですけど」
「本当にそれにつき合わされる私は海外と日本をしばらく往復しなきゃ」
 楽しそうに綾彦さんと斗海さんが話しているのを、亜里沙さんは嬉しそうに見ている。
 夢を語る人はなんて輝いてるのだろうと思う。
 楽しそうに笑う三人をみて私は赤坂さんと顔を見合わせた。
 赤坂さんが優しく微笑んで、私もそれに釣られて微笑む。
 午後の和やかなひと時だった。


「じゃあ、私たちはこれで!」
 外に出てお見送りするときに、斗海さんがそういって私をぎゅっと抱きしめた。
「良かったわね、李歩ちゃん。貴方、前より幸せそうよ」
 そうウインクして彼女は言う。
 そして綾彦さんは
「まあ、お前が花嫁衣裳を着るまでには腕を上げてるから期待して待ってろよ」
 と頭をなでてくれる。
 この人にとって私は本当に子供らしい。
 いや、もしかしたらこの人は年下にはみんなやっていることなのかもしれない。
 そのお兄さんのような行動にこの人のやさしさを知った。
「まあ、それまでちゃんと捕まえておけよ、お譲ちゃん」
 ああ、なんて天邪鬼みたいな人なんだろう。器用そうに見えて不器用で、自分勝手に見えて優しくて。
 この人は最初からこんな人だった。
 手を大きく振りながら去っていった二人を見て亜里沙さんも
「では私もそろそろ失礼します。お兄様、李歩をちゃんと送ってくださいね」
 そういって優雅に去っていった。
 赤坂さんは苦笑しながらいう。
「まあ、妹も妹だけどあの二人もあの二人だな。退屈しなさそうだ」
「そうですね、あの方達といると楽しいです」
 私がそう答えると、赤坂さんは眉を下がらせて困ったように笑った。
「うーん、ちょっと妬けちゃうね。李歩はああいう男結構好きだろ?」
「え、えっと、綾彦さんのことは年上のお友達として好きです」
 あわてて答えたせいか、変な答えになって私はうつむく。
 赤坂さんはくすくすと笑いながら、頬にキスをくれた。
 もう慣れても良いそれにすら赤くなる頬は、まるでいまだに赤坂さんといるとドキドキしてしまう私の心臓と直結してるよう。
「じゃあ、俺は?」
 おどけるようににっこりと聞いてくる赤坂さん。
 答えは知ってるのに、意地悪だと思う。
 だけど、その意地悪も私には甘く甘く感じられて。
「……婚約者として好きです」
 と蚊の鳴くような声になったけれど、その答えは赤坂さんに届いたようでふっと柔らかな笑みをくれた。
 そして軽く肩を抱いてくれる。
 それは守られているようで、ちょっと恥ずかしいけれど嬉しい。
「それじゃあ、俺らはどこに行こうか?」
 肩を抱いたまま、赤坂さんが聞く。
 私は少し迷って、前に赤坂さんといった公園の名を上げた。
 あの時はいろいろあってあんまり周りを見物しなかったけれど、赤坂さんとならどこでも嬉しい。
「じゃあ、いこうか、李歩」
 手を差し伸べてくれる赤坂さん。その手をとって私はまだなれない、一番愛しい名前を紡ぐ。
「はい、宗哉さん」
 この人と歩いていく。
 なんて甘美な一日なんだろう。
 これ以上の幸せはないと思う。だからこのまま、一生この人の隣を歩いていきたい。
 愛しい愛しい人とずっと手をつないで。
 この道を歩んでいきたい。
 ずっと……。


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