片翼の恋


11.
相沢を抱きしめたあの時。
確かに俺は相沢と同調してしまった。
でも知らなかった。
自分にもあんな激情があることを。


「なあ、知ってるか?」
一馬が拓海に声をかける。
この出だしからして、だれそれが付き合ってるとかそういう話題だろうと拓海は思った。
大体女じゃないんだから別の話題にしろよとか拓海は思わないでもなかったが、自分達の年頃でこの話題が一番興味を引くところだ。
まあ、それが他人ではなく自分に関してなのだが。
「なにがだよ」
「二組の沢村がお前に惚れてるって話だよ」
またそれか。
拓海は呆れたようにため息をついた。
拓海だって告白の一回や二回はされたことがある。
宇美ほどではないが、拓海だって人並み以上の容姿は持っていた。
それにくわえてフリーであったなら誰だってされることだろう。
「お前、恵美子のときもそんな事言ってなかったか?」
「それはお前が笠原と異常に仲が良かったせいで、付き合ってるって噂を聞いたからだよ。それより、どうなんだよ。実際さ」
「なにがだよ」
「決まってるだろ。沢村って綺麗だろ!ほら、相沢さんとは違う魅力って奴さ」
「……じゃあ、お前は相沢から沢村に乗り換えるってことか」
拓海はにやりとしながらそう言った。
そのセリフに一馬は少し顔を赤らめる。
「そうじゃねーっつーの。いいか、綺麗な人は誰が見ても綺麗なんだよ!まあ、可愛いには個人差はあるけどな」
「……綺麗にも個人差はあると思うんだけどな」
大体そんな噂にものぼらない恵那川先生を好きな自分はどうなのだろうと拓海は考えた。


あの人の揺れる髪が綺麗だと思う。一挙一動が綺麗だと思う。
全てに惹かれる。
あの感覚を宇美も知っているのだろうか。


拓海がそんな事を考えているとはいざ知らず、一馬はどんどん話を進めていった。
「でもやっぱり、一番は相沢さんだよな。可愛いし、綺麗だし、なんか絶滅した大和撫子を再現したって感じだし!」
「……相沢は恐竜かよ」
「それくらい貴重だって意味だよ。お前だってそう思うだろ?」
「大和撫子なんて幻想じゃないの?」
しつこいくらいの一馬に答えたのは拓海ではない声だった。
「って、笠原!話に入ってくんなよ!」
一馬は恵美子の顔を見た瞬間ゲッとした顔をする。
恵美子はそんな一馬を見ながら
「拓海を変な話に巻き込むからじゃない。沢村さんにだって失礼よ」
とキッパリ言い切る。
一馬は「お前は森下の保護者かよ」とかぶつぶつ言いながらも前を向いた。
どうやら、女子のリーダー的グループの一員である恵美子に睨まれるのがいやらしい。
恵美子は拓海の方を睨みながらもさらに続ける。
「拓海もああいうときは何か言いなさいよ。相沢さんだって沢村さんと比べられたら迷惑よ」
いかにも当然だというふうにいう。
「……相沢はそういうの、気にしそうにないけどな」
「それでもよ」
拓海は恵美子のそういうところがおせっかいなのだと思った。
女子は大体がおせっかいだと思う。
勝手にこうではないかという考えを押し付けているように見える。
けれど、それは結構歓迎されているから不思議なもんだと拓海は思った。
マシンガンのように言葉を連ねる恵美子を見て、一馬は思い出したように振り返った。
「そういえば、笠原。お前、あの先輩と付き合い始めたんだって?」
拓海はそれを聞いて意外そうな顔をした。
それは初耳だ。
恵美子をちらりと見ると真っ赤な顔をして何かを言おうとしている。
しかし言葉が出てこない。
拓海は興味津々と言った様子で恵美子に聞く。
「どうなんだ、恵美子?」
恵美子の反応を見ていれば丸わかりだが、それでも意地悪でそう聞くと恵美子は顔を赤くして怒鳴った。
「あんたたちには関係ないでしょ!大体拓海だって相沢さんと付き合ってるって噂でてるわよ!そこんとこ、どうなのよ!」
はっきりしなさいよねと恵美子が拓海を睨む。
一馬も複雑そうな顔で拓海を見た。
拓海はただ苦笑して
「ただのクラスメイトだよ」
とだけ答える。
それだけのはずだった、今までは。
けれど、今ではその答えはしっくりこない。
それだけではない関係になってしまっている。
「それだけにしては、最近仲がいいじゃない」
恵美子がかんぐるように言う。
一馬も思い出したように言った。
「そういえば岩本とも話すこと多くなったよな。それもなに関係あるのか?」
時期が同じなだけにそう勘ぐられてもおかしくはない。
まあ、その通りなのだから仕方がないが。
「岩本も相沢ももともと仲がいいからな。あいつらとも話があうし」
拓海は苦笑したまま答えた。 恵美子は納得がいかないという顔をしていたが、じきによばれてそっちにいってしまう。
一馬も何かいいたそうにしながらも前を向いた。
まあ、仕方がないだろう。
この想いを知られるわけにはいかないのだから。
宇美と自分とを関係させているこの想いをだれにも知られるわけには行かないのだから。


拓海は日誌を職員室へと持っていく。
そこで恵那川先生に会えないかと少しのきたいをまぜながら。
しかし、彼女はそこにはおらず少しどころか、結構残念に思いながらも担任に日誌を渡した。
しかし、担任はそこに拓海がいるのを気づいているのかいないのか隣と話している。
まあ、渡したのだからいいだろうと拓海がその場を去ろうとすると担任の口から思いもよらない言葉が出てきた。


「そういえば、恵那川先生。今日は早々と帰ったけれど……もしかしてデートだったりしてね」


その言葉は拓海がもっとも恐れているものを思わせるようなセリフ。
思わず拓海はどきりとする。
そして息を殺して、その話に耳を傾けた。
それに気づかずに担任とその隣の教師は冗談を言い合う。

「それはないでしょう、さすがに」
「お、ではかけますか?」
「だって彼女は男の匂いをさせていない。そういう人はすぐわかるもんですよ」
「いや、彼女だってそろそろ結婚を考えてもいい年だろ。そういう人がでてきても」
「あ、そういえばこの前恵那川先生が男の人と歩いているの見ました!」

そこまでしか拓海の記憶にない。
気がついたら、そこは音楽室だった。
いつもここで恵那川先生が歌っている。
指導している。
ピアノを弾いている。
それがたまらなく好きで、拓海はしょっちゅうここに来ていた。
拓海は慣れた手つきでピアノのふたを開けるとひとつの鍵盤を軽く叩いた。
ポロン
少々情けないが、綺麗な響きでピアノがなる。
この音が拓海は好きだった。
それはまるで彼女のそばにいると錯覚できたから。
けれど、今は忌まわしく思えてならない。
どんとこぶしを鍵盤に叩きつける。
すると騒音といっても過言でもない音がでる。
それが今の心境にぴったりだと拓海は思った。
彼女が年上なのことも、その年の差が自分にとって激しい事も知っている。
そして拓海と彼女が同じ世界にいないことも知っている。
そう、彼女だって結婚してもおかしくない年なのだ。
拓海はまだ法律的にも結婚が許されていないとしだというのに。
それが彼女と自分の差なのだと拓海は感じた。
でも渡したくない。
誰かに渡るくらいなら……。
そんな不穏な考えが拓海を襲う。
まだ誰か、決まった人がいると決まったわけではない。
けれど、その誰かが自分ではないことは確かなのだ。
その誰かが違っていても、拓海は嫉妬の炎に身を焼かれる。
そいつが羨ましくてたまらない。
それは彼女と同じ目線でいられることの証明なのだから。
拓海はどうしようもなくあふれる思いにただ、耐えるしかなかった。
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