ずっとずっと怯えていた俺からの愛の言葉。
 それはきっと幼くて貴方の心に響かないかもしれないけど。
 たった一つの可能性にかけてみるのも悪くはない。


 結局あのあと、何の話もせずに俺達は帰ってきた。
 返事をせずに逃げていった志津子さん。
 多分あの人は年下だからとか、俺が好みじゃないからって逃げていったんじゃないんだ。
 ただ、あの人の心の中に恋愛感情を否定するものがあるんだと思う。
 それを分かっていて何もできない俺はなんだろう。
 ただの腑抜けだ。
『マイク、お前ならどうする?』
 俺の想い人全部ばらしやがったお前ならさ。
 そういうと、マイクは困ったような顔をして方をすくめた。
 くそ、こいつ、俺へのあてつけか。前やったのがそんなに似合わなかったか。
 アメリカ人でやる奴は背が高くてスタイルが良いからそういうしぐさがめちゃくちゃ似合う。
 日本人でそれなら似合うほうだよ、お前も。
 そう言われたのが腹に立つ。
 これでもなー、あんな子供だったのがまあまあ、スタイルよくなってってご近所のおば様方には大人気なんだぞ!
 そういうと馬鹿にされそうだから言わないけどなー。
『どうもお前達はまだるっこしいね。俺だったらキスのひとつくらいして思いださせてやるけどねー』
 恋のすばらしさをさ。そうすれば彼女だってめろめろだよ。
 マイクがそういうから、俺は問答無用で殴ってやった。
『誰がそんなことできるかー!』
 キスする寸前で逃げられるぞ。くそ、こいつ自分がもてるからって。
 こっちの女の子達は完璧俺のこと子ども扱いだしな!
『だけどね、キョーゴ。トラウマっていうもんはなかなかはれないから難しいもんなんだ。その傷をえぐらせちゃいけない。だから俺はあきらめるべきだと思うよ。彼女のためにもね』
 マイクが真剣にそういう。分かるだろと。
 マイクは知っているんだ。多分、そのトラウマの恐ろしさを。
 だけど、多分、多分だけど志津子さんはそうじゃない。
 いうならば食わず嫌い。ただ恐ろしいだけで、それを拒んでいるような気がする。
『だけど、そのまんまじゃ志津子さんは恋ができないよ。想い想われる幸せを彼女はまだ知らないんだ』
『お前が教えられるの?』
 マイクはさっきとうってかわって茶化すようにそういった。
 俺はただ、首を縦に振る。
 俺なら教えられるよ。このすばらしさを。
 片思い暦、3年半のベテランだからね。
 このくすぶる思いは、切ないけれど苦しいけど幸せになれるんだ。
 それをあの人は知らない。
 ただ両思いだけがれんあいじゃない。そう、あの相楽っちみたいに。
 あの相楽っちだって苦しいけど、切ないけど、やっぱり手放せなかったんだから。
 貴方はきっと子供の児戯だと思ってみたいだけど。
 だけどそれは違う。
 子供だって恋はするんだよ。切なくて、苦しい恋をするんだよ。
 貴方はそれを分かってない。
 貴方に恋する男は、こんなに強くなれるんだよ。
 ずっとずっと思っていた。貴方がこんなに幸せになれるのはどんなときなんだろうって。
 その指輪の主が彼氏なのかもって。
 俺はそれが怖かったから否定してたけど、今は怖いから否定するんじゃない。
 だって、貴方はそれを薬指にはめていなかったから。
 そりゃ、そういう贈り物をその指にはめるとはかぎらないかもしれないけど。 
 そうじゃないだろ。そうじゃないよ。きっと。
「俺は貴方を救いたいんだよ。そしてそれは『あの人』もそう思ってるんじゃないかって思ってる」
『え? なんだい?』
 日本語で話した俺にマイクは首をかしげた。
 俺は曖昧な笑みでそれを交わす。
 これは俺だけの誓い。
 あの人が俺と似てるのならば、きっと……そんなの望まない。
 俺はマイクに断って電話をとった。志津子さんにかけたりしなかったから、初めての国際電話だ。
 相手の声が聞こえるまで、その心臓の音は鳴り止まなかった。
 
 
「ねえ、志津子さん。その中指の「あの人」への償いはいらないと思うよ」
 俺はあの時の公園で志津子さんを待った。
 来るかこないかわからない人を待つのは別に嫌じゃない。
 貴方だから特にだ。
 だけど、心の中に志津子さんは繰るんじゃないかって思ってた。
 そしてきた。あの人は悲しげな顔をして。
 きっと俺に引導を渡すために。
 志津子さんはこわばった顔のまま、俺の隣に座る。
 昔よりも伸びた髪。
 それがまるで俺にとって時を教えてくれるよう。
「誰から聞いたの?」
「相楽っちから。昨日国際電話なんて初めてかけたよ。それ、貴方の親友だった人の指輪だって」
 そう、相楽っちは多分困っただろう。こういうことをべらべらしゃべる人じゃないから。
 だけど相楽っちは最終的に教えてくれた。
 それが親友の人のものだと志津子さんに教えてもらったことがあるって。
 それが自殺した親友のものだったって。
 だからこれは形見なんですって。
 だから忘れないようにずっとはめていたいんですって、教えてもらったって。
 だけど、俺はそれが形見だとは思えない。
 それは……貴方が貴方に科した枷なんだ。
 だからそれを見るたびに切なそうな顔をしたんじゃないの?
「ねえ、貴方は暗い話は嫌い?」
 志津子さんはただそう言った。
 俺は苦笑いをするしかない。聞くんだったら面白おかしく聞くほうが好き。
 辛い話は嫌いだ。こちらまで心が痛くなる。
 だけど結局聞かずにはいられないんだ。
 あなたのことをすべて知りたいと思っていたオレは。
 辛い話が好きじゃないなんていっても、結局気になってしまうから。
「俺に似ている『あの人』の話なら大歓迎」
 俺はそういって笑った。
 どんなことがあっても笑ってみせたい。
 この人のために。この人が重ねているその人のために。
 ねえ、知ってる? 志津子さん。
 男っていうのは馬鹿だから、好きになった女のためにはどんなこともしてやりたいと思うんだよ。
 泣きたくなったら肩を貸してやりたくなるし、苦しみすべてを取り除いてやりたくなる。
 そのためだったら俺はどんなことでもするよ。
 どんな話だって聞く。それが貴方に関することならどんなことでも。
 だから安心してよ。俺に重荷を背負わせるなんて考えないで。
 震える唇があんまり痛ましくて、俺は抱きしめたい衝動にかせられた。
 苦しかったら話さなくて良いんだよ。前に言ったじゃないか。俺だって貴方を傷つけたいわけじゃないんだって。
 だけど聞かせてほしい。わがままがいえるなら。
 貴方の傷がそれで少しでも浅くなるのなら。
「志津子さん……」
「……聞いて。私の罪を。私が貴方を拒絶する意味を」
 それは、きっと貴方にとっては俺との本当の決別。
 それをかんじて、俺は無意識にこぶしに力を入れる。
 それでも俺は聞かなきゃならない。
 だって、貴方を知らないままじゃあきらめられなかったんだから。
 そうじゃなきゃ、貴方を好きだっていう資格なくなるんじゃないかって思ったから。

 
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