2儀式と門 運命の門の前で出発の儀式は進められていた。 そこで天使族は精霊を、悪魔族は魔物をパートナーとして迎え入れる。 どこに配属されるのかわからないため、危険が伴う世界もある。実際に神の世界に住んでいるからか悪魔族や天使族の肉を食べると不老長寿になるという伝説さえあるところもある。 おまけに天使族にも悪魔族にも天界には天敵というものがいないから身を守る術ももっていない。 魔力や聖力を持っているとはいえそれでは不十分な場所もある。 だから天使族と仲がいい精霊や悪魔族に使役する魔物が必要なのだ。 「リーカル=フォーチュン、前へ」 十賢神の長老がリーカルを前へ来るように促す。 リーカルは静かな動作で前へと進む。 ギャラリーは何か喋っている様子だが、リーカルまでは聞こえない。 なのに後ろでひそひそ声が聞こえるのはもちろんあの二人のせいだ。 「うわ、リーカル落ち着きすぎ!! 妹はこんなに緊張しているんだから少しぐらい緊張しなさいよね」 「な、なにいってるのよ!!」 リリルの言葉にルーナは図星だったのか顔を真っ赤にして反論する。しかしその反論も足がガクガクと震えているためいつもの迫力はない。 ロイは苦笑しながら静かにと口に指を当てて合図する。 ゼルはすっかり儀式に見入っていて二人のことなど気にも留めていないようだった。 リーカルはそんな四人になれているせいか、あんまり後ろを気にしていない。けれど長老には気になるようで静かにするよう目で合図をするが、それも届かない。 「ではリーカル=フォーチュン。お主は天使族としての使命を果たすことを誓うか」 気を取り直して、厳かに長老はリーカルに告げる。 「……はい」 リーカルは長老の鋭い目にも臆することなく淡々としている。どちらかといえば長老のほうが戸惑っている感じだ。 長老を前に畏敬の念のない子供など、ほとんどいなかったのだ。今までは。 それは後ろの4人も一緒で神を敬えど、いたずらに畏れてはいない。 「たいした娘だな。あの長老が迫力負けしているぞ」 神の中の一人、ラーナス=フォルデスは口笛を鳴らした。 「まあ、リーカルならあんなものだろ。今年はやけに面白い奴ばかりだな」 コーラルは楽しそうに言う。ラデルは五人組を見て確かにとうなずく。 彼らにとって長老はただ偉い人というだけなのかもしれない。 本当に怖いことを彼らは身をもって知っている。 (まあ、「レッドチャイルド」に関わっているのだからな。おそらくいつもの儀式よりギャラリーが多いのはそのためだろう。……しかし何も起こらぬといいが……) ここはレッドチャイルドにとってとても辛い場所のはずだ。自分が見世物になり、嫌忌の目にさらされるのだから。もともとこの世界にはレッドチャイルドをとことん嫌悪する者と無意識に無視する者がほとんどだ。レッドチャイルドに交友的なのは双方の長と神、そしてレッドチャイルドとしてはなくその人個人として扱う者しかいない。 ラデルはふと横を見るとコーラルが珍しく沈痛の面持ちでロイを見ている。 ロイは養い親を通じて二人の長とも何度か話したことがある。 それを悪く言う奴らは必ずいた。「そんな子供と話すなんてとんでもない」とご丁寧にも忠告してくるやからまで現れた。 しかしそんな事を気にするような長ではなかった。 彼は罪を背負って生まれてきたわけではない。ただ、彼の両親が愛し合って生まれてきた。 ただそれだけのはずだったのに、それで納まらなかったのは自分たちの罪のせいだとゴデルは思っていた。 そう、自分たちが叔父をとめられなかったのだから。 そう、だからむしろこちらが頭を下げるのが正当であって、レッドチャイルドによって生や死が穢れることはけしてない。 それなのに、彼はけして自分の不幸を他人のせいにしない。むしろ、親切にされることが悪いことのように思っているような発言をするのだ。 いつか「なぜあの四人は僕と一緒にいてくれるのでしょうか」と聞かれたことがある。 ラデルは思わず目を見開いた。そして後悔した。 この子は――レッドチャイルドたちはどんな気持ちでこんな言葉が出るのだろうと。 友と一緒にいてこれでいいのだろうかと疑問を持つこと自体、存在を否定されたことのないラデルは経験がない。 ラデルよりも我に返るのが早かったコーラルは茶化して 「それはおまえが頼りねーからじゃなねーの?」 といって問答無用でナーリュスに殴られた。 コーラルもその言葉の重みを知らないわけはない。けれど哀れむことはロイに対して失礼だ。彼にとって必要なのは哀れみではない。哀れみは彼の重荷になる。 ラデルはロイと視線を合わせるようにしゃがむとゆっくりと幼子に話すように口を開いた。 「ロイ。君のしている問いは友達を侮辱するものだよ。私は少なくとも君と一緒にいることをなぜなどと理由を求めたことはない。あの四人も同じだと思う」 ナーリュスはそれを悲しそうな面持ちで黙ってみているだけだった。 ロイは自分の立場が分かっているのだろう。少なくともあの四人がおかれている立場を認識していたからこそあんな質問をしたのだ。あの時あの四人はレッドチャイルドと関わりを持つものとして嫌悪まではいかないまでも阻害されていたのだから。 ロイは自分を嫌悪するものたちを憎む代わりに同じように自分を嫌悪している。そしてそんな自分を守るかのように悪いほうへと考えている癖がついているのだ。自分の浴びせられる悪意や嘲笑の的になることを当然だというように受け入れる。受け入れざるえないのだ。 もし、ラデルかコーラルの力を受け入れられることが出来たならこんな扱いは受けることなどなかっただろう。ラデルは無駄だと分かっていても自分の非力さを悔やむことしか出来ないのだと思い知った。 「では、おまえにパートナーを与えよう。」 長老が小さくて招きをすると、リーカルの前に水色の髪を持つ女神が小さいな少女を連れてきた。 大きさはだいたいリーカルノ手の平くらいだろうか。背中には小さな羽根が生えていた。 「は、はじめまして。あなたのパートナーの……ディーネです。よ、よろしく……おねがいします」 どうやら緊張しているらしく声が震えている。おとなしそうな少女だ。 リーカルは少し考えた後ゆっくりと手を差し伸べた。 「こちらこそ」 その言葉を聞いたディーネはうれしそうに笑いリーカルに近づきおじぎをした。 パートナーの完成である。 次いでルーナ、リリル、ゼルの順でパートナーをもらった。 ルーナのパートナーの風の精霊「セラ」はディーネとは違い、気の強そうな顔つきをしていた。じっくりとルーナを値踏みするかのように頭の先からつま先までを何度も視線を行き来さる。 「なによ」 ルーナが不機嫌そうにそういうとセラは 「いいわ、合格」 と満足そうに笑う。 リリルのパートナーは気難しい魔鳥「ゼバード」だった。夜の知恵鳥と呼ばれるゼバードはリリルの前に下り立ち、真っ直ぐとリリルをみる。リリルがその瞳を見返すとゼバードは優雅にお辞儀した。どうやら気に入られたらしい。 ゼルのパートナーは魔獣「ケルナンデス」。四本の足を大地につけて何かに挑むかのように眼光は鋭い。ケルナンデスだけは緊張するわけでもなく、主を見極めようとするわけではなくただゼルの横に静かに座った。 そしていよいよロイの番が来た。 とたんにギャラリーが騒がしくなる。 「おい、とうとう例の子だぜ」 「あれが「レッドチャイルド」か。いったいどんな使命が与えられるのか……」 「ふん、どうせろくなのじゃないわよ、だいたい運命の門を通れるのかさえわからないんだから」 「所詮は親の死により生きながらえる命。それより私はどこの世界に行くかが気になる。頼むから私の息子の住む花精世界にはこないでほしいわ、迷惑をこうむるのは目に見えてるのだから」 「このこの両親も両親よね。何でこんな子供を生んだ上にこのこのために死んだのかしら。まあ、禁忌をおこしたものにとっては当然の報いだろうけどね」 「私だったら絶対に生まないけどね。こんな運命を宿したおぞましい子供なんて」 大人たちの勝手な嘲笑。 そういう囁きは当然ロイの元へと届いていた。 そしてあの四人のもとへも。 最初に言葉を発したのはリリルだった。 「なに、あのいいよう。さっきまで声が小さかったのにロイに聞かせようとしていることがバレバレだわ。 ……ってなによ、ゼル。何で服の端っこつかんでるの?」 「姉さんが今にも飛び出してそいつらを殴り飛ばしそうだからに決まってるじゃないか。俺が捕まえておかなけりゃそうしてるだろう!」 ゼルがあきれたようにいうとリリルは憤慨したように鼻息を荒くする。 「当たり前じゃない!! 私がやらずに誰がやる!!」 「だれもやらなくてもいいよ。勿論ルーナもね」 ゼルの一言に、ルーナはむっとしながら言い返した。 「私はやらないわよ。ロイが我慢してるのに私がやってどうするの?」 「あいつはそれが当たり前だと思い込んでるからでしょ!! 怒れないのよ!」 リリルはルーナの態度に腹を立てたように声を荒くし、きっと群集のほうをにらんだ。 「けれどロイにとっては事実だわ。どう私達が違うんだって、ロイがその事実を認めてしまえば私達にはどうすることも出来ない……」 リーカルがそう呟くとリリルは悔しそうに唇をかんだ。 どうしても許せない。ロイだって苦しんだのにそれを煽るような大人達も。それを当たり前に感じているロイも。それを事実として受け止められる仲間達も。そして何よりそれを罵ることしか出来ず、事実を受け止められない自分が一番許せなかった。リリルは眉を苦しげにひそめてロイを見つめていた。 お願いだから、これ以上ロイを苦しめる未来を作らないで。 運命の門にそう願うことしかリリルにはできない。 「ではロイ=ガルダよ。お主には……」 ロイは不安そうに長老のほうを見る。悪魔族には魔獣が、天使族には精霊がパートナーとしてつけられる。しかし「レッドチャイルド」がそんな権利あるわけがない。 「……お主にはパートナーがいない代わりにある力を授けよう。この力はおぬしの要となる。おぬしを必ず使命へと導くだろう」 そういいながら長老はロイの頭に手を伸ばす。 するとロイは頭にかすかな温かさを感じた。 「おぬしの命は偉大なる父と聡明な母が助けたもの。けして無駄にするな。そんな両親に誇りを持つがいい」 そんな長老の言葉に聴衆たちは苦々しげにロイを見ていた。 「情けなどかけることなどないのにな。いっそのこと何も持たせずに追放してしまえばよいものを」 「ああ、それにあのものたちは確かに優秀だったが禁忌を起こしては何にもならぬ」 「しかし長老にも困ったものだ。あんなこといっては無駄に期待するだけなのに……」 それはまるでロイに言い聞かせるかのようにそんなささやきが重ねられる。 それは、まるでロイが生まれてこなければよかったというように。 いや、そういう意味もあるのだろう。 彼らの中にはロイの両親を慕っていたものも多いという。だからこそロイを許せないものも多い。 彼らが己の命をかけて守った存在。けれど同時に彼らの命を奪った存在。 彼らの禁忌の証。罪の証。英雄だった者たちが一気に罪人になった瞬間。 そんなロイによい感情が生まれるわけもなかった。 ロイはそれを仕方のないことだと受け止めた。それくらいロイの両親は慕われていたのだと思うようにした。 辛くなかったわけじゃない。けれど彼らの感情もわからないわけじゃない。 自分だってゼルたちやナーリュスが誰かのために死んでしまったら同じような感情を持つだろう。 だから仕方のないことなのだ。第一こういう目で見られることは慣れてる。 ロイはなんともないような顔でそこにたつしかできない。 少なくともロイを嫌っていない数少ない人たちのために。 長老がふと顔を上げた。 「みよ、運命の門が開く」 ロイもそれに釣られて、長老の見ている方向を見た。 するとロイの何倍もある門が重そうな音を立てて自分で開いていく。 そう思った瞬間、ロイの記憶が途絶えた。 こうして運命の門はそれぞれの想いを抱えて扉を開く。 名前のとおり運命を決めるために。 |