「だー、もう!」
「愛香、さわいじゃほかのお客さんに迷惑よ」
 智子にそういわれるが、飲まずにはいられない。


「男なんてね、結局からだが目当てなのよ!」
 そういいながらビールを一気飲みする。
 今日、一時間前に振られてきた女の愚痴なんて聞きたくないだろうに、智子はあきれずに聞いてくれる。
 ここで呆れられたら私はきっとどん底まで気分が沈むだろう。
 こういうときにいてほしいのは只聞いてくれる友達なのだから。
「だいたいね、おかしいと思ったのよ!」


 別れた理由は向こうの浮気。
 このごろおかしいとは思っていた。
 いつもと変わらないはずなのに、人間というのはどうしてそういうのを悟ることができるのだろう
 途中半端に感じやすいのだ。
 ぜんぜん気づかなければ、それともその理由までわかったのならこんなに傷つくことはなかっただろうに。
『別れてくれないか』
 5年付き合った。
 そのとき私は新米OLで、ちょっと気さくな彼に心底ほれ抜いていたのだ。
 いや、それは一時間前までほれ抜いていたのだと思う。
 彼の好みに合うように髪型をかえ、ダイエットをし、あらゆることをした。
 5年間彼のために尽くしていたといっても過言じゃないだろう。
 それなのに。
 たった一言で。
 私の5年は。
 無駄になったのだ。


「だー! 私はね、このまま結婚するのだろうってうすうす思ってたのよ! 私はもう30よ!? 結婚適齢期も終わるのよ? ああ、私にはこの人しかいないって思ってプロポーズを待つ状態だったの!」
 それなのに
「私より若い女と付き合いだすってあり!?」


 最初は疲れているのだなと思っていた。
 そろそろ噂では課長に昇進するといわれている男だから。
 しかも花の営業部の。
 そしたら、プロポーズされるかなと内心期待していた。
 馬鹿みたいだ。
 そのとき、彼は年下の女に夢中だったのに。
 よそよそしく感じたのは疲れていたためじゃなくて、私から心が離れた証拠だったのに。
 5年間と行ったら私の今までの人生の6分の1だ。
 そのあいだ、彼だけを見つめていたというのに。
 これが飲まずにいられるか。
 私はぐいっといつの間にか智子が入れてくれたビールを再び一気飲みする。
 こういうとき大人でよかったと思った。
 お酒と友達で寂しさは紛らわされるから。
 私は結構飲めるし、二日酔いもひどいほうではないからお酒は好きだ。
 智子はざるでいくら飲んでも意識を失わない。
 ああ、失恋には最適な環境じゃない。
 こんなときに思い知りたくなかったけどね。


「このままじゃ、私は行かず後家になるんだわ。両親になんていったらいいの。見合いを断ってきたのだって彼がいたからなのに」
 いや、本当はそんな理由じゃない。
 そんな理由で悲しんでるんじゃない。
 いまだに彼が好きなのだと思う。
 だって、お嫁に行きたいと思っていたのは彼の元だけで。
 それ以外のビジョンなんて考えもしなかった。
 おめでたい女。
 きっと彼にとって私と結婚する気はなかったのだろう。
 そういえば、普通5年も付き合っていれば結婚の二文字が浮かんでもいいはずなのに彼から何も言われたことはない。
 ああ、一人で舞い上がっていたんだわ。


 悔しい。悔しい。
 何が悔しいって、それが一人でくるくるくるくる回っていた状態が続いているからよ。
 男に都合のいい女になんてなりたくなかったはずなのに、いつの間にかそういう女を演じていたからよ。
 ああはなりたくないとドラマとかを見て思っていた私なのに。
 そういう自分がだい嫌いだわ。


「ねえ、そろそろやめておいたほうがいいんじゃない?」
 さすがにやばいと思ったのが、智子がストップをかけた。
 時計を見てみれば1時間半くらい愚痴っていたらしい。
 その間に飲んだビールもきっとすごいのだろう。
 どれくらいお代わりしたかなんて覚えてすらいない。
 いくらなんでも申し訳ないわ。
 智子は何も言わないけど、女の愚痴って聞いていていいもんじゃないしね。
「ごめん、智子。こんな時間まで」
「いいわよ、どうせあの人だって今日も大学に泊り込みだろうしね」
 智子はそういってにっこりと笑う。
 イヤー、いい女はこういう人をいうのだろう。
 用事がないからといって付き合って楽しいものでもなかったのに。
 そう笑える智子がうらやましい。
 けれど、ねたましさは感じない。だってこれが私の自慢の友達だもの。
「いいな、浩史くんは智子みたいな人がいて」
「なによ、それ? 普通そういう時は私をうらやましいって言うもんじゃないの?」
 こんなこと、失恋したときに言われたら頭にきそうなものだけど、智子に対してそういうことは思えない。
 むしろこうなっている今も智子には幸せになってほしいと思うから。
「あってるわよ。私は浩史君がうらやましいんだから。私も智子のような人と付き合いたいもの」
 懐が広くて聡明で。
 きっと世間では理想の人って言うのは智子のような人だと思う。
「大体浩史君も浩史君よね。さっさと智子にプロポーズなりなんな利すればいいのにいつまでも数字にかまけちゃってさ」
 私なら大事にするのにと憤慨して見せると智子はおかしそうに笑った。
「あら、私も愛香のこと好きよ? 大体こういうときにつき合わせてごめんなんて普通いえないもの。愛香みたいな人がきっといい女だって言うのね」
 あらら、私と逆のこといっているよ。
 私なんて智子の足元にも及ばないのに。
 もう智子は優しいんだから!
「それに、いつまでも待たせちゃ悪いしね?」
 え?


「おそいっすよ、愛香先輩」
「高山? なんでいるの?」
 私が智子に連れて行かれた場所は屋台のおでんや。
 そこには後輩の高山がいた。
「ききなさいよ、愛香。高山君はね、あんたを振った男に鉄槌を加えてくれたんだからお礼くらい言わなきゃ」
「智子先輩! 言わないっていったじゃないっすか! だいたいあれは愛香先輩もためじゃなくて俺がむかついたからで」
「どういうことよ?」
 わけのわからない会話が続いていく。
 すっかり会話から取り残された私はあわてて話しに混ざりこんだ。


 つまりのところ、高山は私のことが好きらしい。
 らしいって言うのは、高山自身がそういっているわけじゃなくて智子の言葉だからだけど。
 それに高山はいまどき珍しい正義感の強い男で、真相をあの振った馬鹿がしゃべったところ猛烈に怒り出したらしいのだ。
 まあ、さすがに社会人だし殴り合いにはならなかったらしいけど、部下に説教されるあいつのかを思い浮かべると笑えた。
 その一部始終を智子から面白おかしく伝えられた私は、調子に乗って二次会になったのだ。
 思いっきり鬱憤を晴らした私の心にもうあいつの姿はなかった。
 あんなに好きだったのに、なぜかすっきりしていた。
 そしていつの間にか私のためにそこまでしてくれた高山に心惹かれている自分に気づく。
 いや、私が単純だとは思うけど、だってそこまでしてくれた男にほれない女なんていないじゃない?
 失恋した直後だってこともあるんだろうけど、あっさり私は高山に心を奪われたのだ。
 本当に傷ついた後の女ってちょろいな。
 でも結構ちょろい自分も嫌いじゃないあたり、私も参ってる。
 実際その一ヵ月後には私と高山は付き合っていたりする。


「まあ、高山にはそんなつもりなかったんだろうけどさ」
 私は笑いながら、ランチのときに智子に話すと智子はいきなり笑い出した。
「確かにあの高山君にそういうつもりはなかったんだろうけどさ、無意識にってこともあるんじゃないの?」
「どういうこと?」
 智子はおかしそうに笑いながら説明し始める。
「恋っていう字には下心もあるんだもの。愛も恋もなきゃ女に優しくできないわよ。そしてそんな情熱を持っている高山君だもの、もしかしたらっておもわないわけないじゃない」
 つまり、愛は真心、恋は下心……てか?
 いや、そうしたら
「高山には下心があってやさしくしたってこと?」
 それはそれでむかつくなー。
 そう思いながらぶーぶーいってると、智子は優しくフォローしてくれた。
「だから無意識の下心ってやつよ。無意識なんだから許してやったら?」
 心配しなくてもあなたの彼氏は優しいわよと智子は微笑んだ。
 やっぱり私の友達は最強だよなと思った瞬間だった。

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