貴方が好きだといったら、貴方はどんな顔をするのだろう。 まるでストーカーみたいかなとちょっと自分にびびりながらも、俺は相楽っちから聞き出した大学の前にやってきた。 会えるかあえないか分からないけど、とりあえず悩んでるのは性に合わないから行動にうつした。 どうしても我慢ができなくて、あの人を一目見たかった。 しかし、なんて話しかければ良いんだろ? 多分向こうは忘れてるかもしれないし、大体会う用事もないのに。 こんなことを悩むのは生まれて初めて。だって俺の長所の中には人懐っこいって言う項目もあるし、まあ、短所にはなれなれしいっていう項目もある。人に話しかけるなんてへっちゃらなはず……なのに。 あの人に関しては勝手が違う。 何でだろう。おろおろしてるくせに、そうしたら一回引き返したほうが良いんじゃないかって思ってるくせに。 ここから離れるのはちょっと嫌だなんて。 うー、でもここで待ってるのはちょっと変態っぽいかなって思わないでもないし。 っつーか、迷惑だったらどうしようかって頭ん中ぐるぐるしてるし。 それにしても大誤算だったのは大学って結構広いところ。 うちの学校も狭くはないんだろうけど、やっぱりここは広すぎると思う。 出入り口がいくつもあるし、どこから出てくるのかわかんないから少なくとも待ち伏せには不便だ! しかも時間がいつ終わるかわかんないからどうにもできないぞと相楽っちから言われた。 ううー、どうしようかなー。 もしかしたらもう帰っているかもしれない。いや、まだいるかもしれない。 もしかしたらここから出てこないかもしれない。 「なんて、なんか女々しいっていうかなんていうか」 「本当にな」 あきれたようにいうのは慧治のだった。最初は一人で来るつもりだったんだけど、慧治がどうしても来るというので押し切られた。 一人でいたら絶対お前は何かしでかすからだとか何とか言ってるけどさ、絶対野次馬根性に違いない。 まあ、でも感謝はしてる。絶対これは一人だったら耐えられなかったと思う。 「これはさ、もう中に入って探したほうが早いんじゃないか?」 「そんなに簡単に入れるものなのかよ」 「高校よりは入りやすいだろ」 そういうものなのか? ああ、でも一般公開している施設もあるんだっけ? 「じゃ、そう決まったらさっさと入ろう!」 決まったら即行動。それが俺の信条さ。なんて、悩んでだってどうせたいしたもんが出るわけではないからそれなら結果を見たほうが早いだけなんだけどな。 でもって、さっさと入る俺たちはきまづい状況に追い込まれることになった。 なぜなら 「授業中っぽくない?」 「馬鹿、大学では講義中って言うんだろ」 「どっちだっていいよ! これじゃどこに行けばいいかわかんねーよ!」 「落ち着け、馬鹿」 「馬鹿馬鹿うるせーっつーの!」 最後にゃおこるぞ! いや、わかってるよ、俺が緊張しすぎてるから慧治が緊張ほぐそうとしてくれてることぐらい。……そうだよね? まあ、それはいいんだ。どうでもさ。それよりもこの状況は…… 「なんか浮いてない?」 「しょうがないだろ。授業受けてないどころか部外者の俺たちがいられるところっていったらこういうところじゃないといらんないだろうが」 だからって、食堂で飯食ってていいんだろうか。まあ、夕飯前だからいいけど。 「あ、結構この煮物うめー」 「って、和むなよ。あの人を探しに来たんだろうが」 「うまいものをうまいといってあげなきゃかわいそうだろうが!」 由菜は喜ぶぞ、というと慧治はあきれたようにため息をつく。 それにむくれると、頭をなでられた。……野郎になでられてもうれしくねーんだけど。 「ねえ、君たちどこから来たの?」 「!」 今までの会話を聞いてたのか、そう女子大生に声をかけられた。 ああ、あのひとも「女子大生」なんだなと思ってしまうのはちょっといかれてるなと我ながらあきれた。 でもまあ、こういうときは度胸が据わってるというか、はったりが利く慧治が一緒でよあったかも。 「んー、ここに知り合いがいてその人に用事があってきたんだ」 「そうそう、いずれここも受けるかもしれないしーその下見もかねて」 ニコニコと笑ってそういう俺たちに不振な空気がなかったせいなのか、彼女たちは笑ってくれた。 「へえ、じゃあここでその人と待ち合わせー?」 「それとも帰り?」 そう聞かれて俺たちは顔を見合わせた。 こういう場合はどうしたらいいのかな? 「ねえ、あんたたちさ「富倉 志津子」って知ってる?」 ……さすが慧治……だよな、それを聞かなきゃな! というかそういうことに頭がまわらないおれがばかなのか? 「富倉……? ごめん、知らないな」 「あ、私知ってる! 英語文学科の才女よ、真琴も聞いたことあるはずよ」 「……ああ。……なんとなく聞いたことがあるようなないような」 ……なんかすごいこといわれてるぞ、あの人。才女って……頭のいい人のことだよな? 志津子さん、頭よかったんだなー。まあ、悪そうには見えなかったけどさ。 才色兼備ってやつ? 本当にいるんだなー。いや、確か桑田もそのようなこと言ってたけど、やっぱり桑田とは違うとかもうさすがって感じ? だけど、俺は……それすらも知る術なんかなかったんだなとちょっと凹んだ。 大体やってること、ストーカーっぽいのは確かだしさ。だけどそうしなければ会えないくらい俺たちは離れてて。 きっと彼女は俺のことを忘れてて。 なんか……いやだな。 空回りしてる感じが、すっごくいやだ。 それならば、追いかけなきゃいいのにと思うのに、いてもたってもいられなくて追いかけて。 ううう、なんかやっぱり考えることは苦手だ。 ぐるぐる考えちゃうから悪い方向に向かっていく気がする。 だから俺は考えることを放棄した。だって、こればっかりはかもしれないしかいえないだろ。 「ねえ、彼女はどこにいるか知ってる?」 彼女たちは少し考えた後 「英文は確か必修の授業が次の時間にあったはずだから友達に連絡してみようか?」 と親切に言ってくれた。 するともう一人の子が不振そうに聞いてきた。 「でも、富倉さんとやらに連絡しないで大丈夫?」 たぶん不審なんだと思う、俺たちは。だって普通待ち合わせならその人に連絡するなりなんだりするもんだから。少なくとも連絡先ぐらいは知っておくものなんだろう。 「あー、それは」 「連絡先、知らない んだ」 俺の言葉に驚いたように彼女たちの目が見開かれる。 慧治はちっと舌打ちをした。まあ、やつは面倒ごとが嫌いだからこれが面倒だと思ってるんだと思う。 「えっと……知り合いだよね?」 「知り合いだけど、たぶん彼女は俺を忘れてるから」 たいした知り合いじゃない。たぶん彼女にとって覚えていても俺は知り合いの教え子でしかない。 「……好きなの?」 含み笑いをしながら聞いてくる彼女に俺は笑う。そばで恨めしそうに見ている慧治を無視して。 「うん、一目ぼれなんだ」 「わお、すごいわね。そのためにここにきたの?」 「うん、まだ名前も覚えてもらってないし」 「ちょっと美香」 話を進める方に訝しげにしていた彼女が諌めた。 「いいじゃない。私たちもこういう時期があったじゃない。恋にすべてをかけてたときがさー」 「あんたはいつも考え無でいい方向にしか考えないんだから! もしかしたらこいつらストーカーかもしれないじゃない!」 ……意外にはっきり言う彼女にちょっとガラスの心は傷ついた。 さっき自分も思ったことだからなおさら。 ……だけど 「俺、志津子さんの嫌がることはしないよ。お願い、信じて?」 ここで帰りたくないんだ。あの人と一緒にいたい。あの人のことを知りたい。 ただ、それだけが俺を突き動かす。 その人は躊躇するように、瞳を左右に動かす。 そしてため息をついて。 「……その授業は私もとってるから、連れてってあげるわ。大講義室が場所だから部外者がいてもどうにかなると思うわ」 たぶんこの人は責任感の強い人なんだろう。わざわざつれてってくれるんだから。 それにしても、この人って…… 「なんとなく慧治に似てるね」 「……なんじゃそりゃ」 慧治は不機嫌そうな顔をして、にらむのが見えて少し笑えた。 「えっと、あなたは……」 彼女はかすかにだけど覚えていたらしく、俺を見たとき戸惑ったような顔をしていた。 にこっと笑って見せる。 「こんにちは、来ちゃいました」 そうはいっても多分この人は何のためだかわかってないんだろう。 多分、この人は自分に会いにきたなんて思ってない。 「えっと、誰かに用事?」 「ええ、あなたに」 志津子さんの目が見開かれる。それはまるでスローモーション。少なくとも俺にはゆっくりに見えて。 ああ、恋すると時間が狂うのかと思った。速くなったり遅くなったり。 自分がコントロールできない。 鼓動は早まり、自分の耳にも聞こえてくるぐらい大きな音で血流が流れる。 お願いだから嫌わないで。心がそう叫ぶ。 この人がきれいな人だということ以外、何も知らないのに。 心がこの人を想って動き始める。 「あなたに告白をしようと思って」 うまくいくなんて思ってない。けれど失敗するとも思ってない。 ただただ、この人に向かって愛しさが募るだけ。 この人を中心に俺の世界が動き出しただけ。 ああ、きっとこれは愛っていうんだろうな。 がらにもなく、そう思った。 ただ楽しければよかった。由菜がいて、友達がいて、悪友がいて。 ただ、それだけで楽しかった。 だけど、わがままになった俺はそれだけじゃ足りなくなって。 ただ、この人の人生にかかわりたくて。 いいや、ちがう。それだけじゃいやだ。 同じ想いで俺を想ってほしい。心がそう叫ぶ。 そして、笑っていてほしいと思うんだ。幸せそうに笑わせられるなら、どんなことでもしてあげたいと思うんだ。 ただ、あなたに幸せそうに笑わせられたらどんなに幸せか。 だけど、多分あなたは俺の気持ちも俺のことも知らない。 だから―― 「あなたが好きです。あなたのことを知りたい」 自分の気持ちを伝えることから伝えよう。 志津子さんの目が動揺に染まる。 「でもあなたのことを私は知らないし、もっといい人がいるんじゃないかしら」 そう断りとしか取れない言葉を俺に向ける。 だけど、それでひるんでたら師原強吾の名がすたる! 「そう、俺もあなたを知らないし、あなたも俺を知らない。だから俺はあなたを知りたい。そして否定するのは俺を知ってからにして?」 強引過ぎる言葉。まるで自分勝手な。 だけど、それを望む自分が嫌いじゃない。かっこ悪いとも思わない。 そう、あなたを好きになって俺は自分がもっと好きになれたんだ。 愛しいとここで叫んでも、あなたの心は俺には向かない。 だから知り合うことからはじめたいんだ。 「俺、諦め悪いからここで諦めろって言われても諦められない。だから、俺にチャンスをください。あなたのことを知るチャンス。俺の事を知らせるチャンスを」 俺はお買い得だよって笑って見せる。志津子さんはまだ戸惑ってる。けど、それが俺の希望なんだと俺は思い込んだ。 けして、恋愛対象外ではないんだと。対象に入るチャンスはまだあるんだって。 「何で、私なの?」 静かに志津子さんは聞いた。 きっとそれから否定しようとするんだろうなと思う。多分信じられないのだろう、俺の言葉も俺のことも。 それは仕方がないと思う。 だって、信じられるといってもうそだと俺だって思う。 見ず知らずの高校生に好きだといわれても簡単になんて信じられないだろう。 でも、 「理由なんてないよ。ただの一目ぼれだもん。ただ、あなたが好きだと思ったんだ」 ただ、それだけで愛しいと感じた。ただ、一目見ただけで愛してると思った。 好きなところを探すより先に、心が反応して。 理由なんてできる前に心が叫んだ。 好きになるのに理由なんて要らない。ただ、好きだと思う心が恋を動かすんだ。 それを教えてくれたのは、志津子さん、あなただよ。 あなたが教えてくれたんだ。こんなに愛しいと願う心は知らない。 がむしゃらに進む想いを俺はあなたにあってはじめて知ったんだ。 ただ、あなたに会いたくて突き進む心が。俺に光を教えてくれたんだ。 この恋は今始まったばかりでどんな形になるかなんて知らないけど。 きっと今まで俺の知らない形になるんだ。それを思うだけでわくわくする。どきどきする。 衝動的な想いに振り回されても、俺はそれで幸せだったんだ。 |